2014年10月21日

J.GARDEN37「あふれる夜の雫」おまけペーパー

「うなじまで、7秒」番外編
「あふれる夜の雫」おまけペーパー


 冷凍のご飯を解凍して、インスタントの味噌汁を作る。納豆をかき混ぜ、貴船が作り置きしておいてくれた茸のマリネを出した。
「いただきます」
 きちんと挨拶をしてから、伊織は朝食を食べ始める。会社に行く時間を知るための時計代わりに、ダイニングから見えるテレビをつけてあるが、ほとんど見はせずに、食事に集中していた。
『こんにちはー』
『こんにちは』
 ぴく、と伊織の箸が止まった。今、貴船の声がしなかったか。そんなはずはない。彼の訪れる週末はまだ先のことだ。
『いや、なんか、かっこいいですねー』
『ありがとうございます』
『言われ慣れているんでしょう。モテそうですよねえ』
「え……」
 テレビの画面には昼の街中でスーツを着た貴船が映っていた。朝のワイドショーで、外国人に日本の印象を聞くというコーナーだ。
『すごーい、日本語おじょうずですね』
 キャスターの女性がはしゃいでいる。おじょうずも何も。貴船は日本人だ。
『どちらからいらっしゃったんですか』
『アメリカです』
 間違ってはいない。間違ってはいないけれど。
『日本には何しにいらっしゃったんですか』
『日本語の勉強のためですね』
『そうなんですか。あの。恋人とか、いらっしゃいます?』
 気がつけば伊織は箸を握りしめていた。何かまずいことを言ったらどうしよう。
『いますよ』
『あ、そうなんですか』
 キャスターは明らかにトーンダウンした。
『どんな方なんですか?』
『そうですね。黒髪で、黒い目で。たおやかで芯は強い。大和撫子です』
 口の中の白米を咀嚼するのも忘れて、伊織は画面に見入る。
 こいつ。何を言い出すんだ。
『大和撫子! いないでしょう、今の日本には』
『いますよ。……――あなたも』
 そう言って、髪を染めているキャスターに貴船は微笑みかける。
『黒い髪のほうがすてきだと思いますよ?』
 画面がほかの外国人を映し、次には芸能ニュースになってからも、伊織は放心したようにそのままの姿で固まっていた。
 はっと気がつくと、会社に行く時間が迫っている。慌てて食事を済ませて、茶碗を洗ったところで、携帯に電話がかかってきた。発信元は貴船だ。
『おはようございます、伊織さん』
「貴船。なんなんだ、さっきのテレビは」
『ああ、やっぱり見て下さっていたんですね』
 彼はなんだか楽しそうだった。
『いつも、あなたが見ている番組なので、もしやと思ったんですが。先週インタビューされたんですが、放映は今日だったんですね』
「大和撫子って。そんなものになった覚えはないぞ」
 背広の袖に腕を通しながら文句を言う。
『気にしないで下さい。僕が勝手にそう思っているだけです。……伊織さん?』
「なんだ?
『僕の姿が映って、少しは嬉しく思ってくれました?』
「は?」
 まったく、何を言ってるんだ。
「少しじゃない。だいぶ、嬉しかったぞ。冷や汗もかいたがな」
『……もう、出る時間ですね。いってらっしゃい』
「ああ。おまえも気をつけて」
 電話を切ってから、少しずつ、離れて暮らすことが不自然になっていることに伊織は気がつく。この現実と気持ちとのギャップは、いつの日か、自分を動かすのだろうか。貴船のほうは、以前から同居を切望している。
 でも。
 一緒に暮らすようになったら、貴船が大嫌いな納豆は食べられなくなるだろう。今のうちにたくさん食べておこうと伊織は思った。


posted by ナツ之えだまめ at 13:26| Comment(2) | うなじまで、7秒-番外編
この記事へのコメント
ペーパー公開してくださりありがとうございます。
イベントには参加できないので大変嬉しいです。

貴船と伊織のカップルが大好きです(どうにかなればいいの2人も!)
何度読み返したかわかりません。

貴船の綺麗な言葉遣いが、好きです。

うなじまで、七秒とどうにかなればいいの単行本についていた
ペーパーなども時期が来たらでも良いのでWebで読めたら嬉しいです。
(特典がついていない書店で購入したので。。。)
特典なので難しいかもしれませんね。

これからも2組の今後をずっと見守りたいです。
勿論、新しいカップルも。期待しています。

Posted by 椿 at 2014年10月26日 00:38
コメント返しが遅くなって、ほんとうに申し訳ありません。

椿さん、「綺麗な言葉遣い」とおっしゃっていただき、光栄です。ペーパーに関しては、書店さんとの兼ね合いがあるので難しいところがあるのですが、もし機会があったら今からの読者さんにも手に入れられる形にしたいと思っています。

椿さんはじめ読者さんのお力で、三月にはうなじの続編を出させていただくことになりました。どうかよろしくお願いします。
Posted by ナツ之えだまめ at 2016年01月23日 13:30
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。