2014年11月15日

「うなじまで、7秒」一周年記念SS

「うなじまで、7秒」、ちょうど去年の今日の発売でした。
感謝を込めて(きふささです)。
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 寒い日に温かいものをもらうと、優しくされている気持ちになる。

 もうコートがないと一日だって過ごせないという寒い日。
 わざとではないが、部下の岡田が計算ミスをした。
 そのまま提出してしまうことはすんでのところで免れたのだけれど、数十枚の予算計画書をもう一度、機械任せではなく電卓で計算をし直すというのは、伊織たちの班にとってなかなかに骨の折れる作業だった。
 どういさめたらいいのかわからず、しおれた部下を前にため息をついていたら、ますます、床に頭をつけんばかりに萎縮されて、そうじゃないのだけれどと、困惑する。
 そうしたら、清水が「主任は甘すぎます。もう、岡田くん。今度やったら許さないからね! お詫びとして、全員にコーヒーをいれてきて」、そう言うと、岡田はぱっと顔を上げて「はい!」とひとこと、走り出していった。
 そうして岡田がいれてきた、湯気の出ているコーヒーを飲んでいると、凝りかたまっていたものがほぐれていく気がする。
「うん、おいしい。まあ、今回は許してあげる」
 清水の言葉に、岡田が安堵しているのを見て伊織自身も胸を撫で下ろす。そして、何かをしてしまって罰せられたい人間をそのままにするのは、かえって酷なことを知る。

 そんな日。

 帰り着いた自室のマンションのドアをあけると、部屋は暖められていた。貴船が「お帰りなさい」と出迎えてくれる。キスを交わす。彼と出会うまで、キスにこんなに種類があるなんて知らなかった。これは親愛のキス。ふれるかふれないかの「会えて嬉しい」ことを表す、唇の交歓。
「今日はクリームシチューにしてみました」
「それはいいな。外は寒いから」
「そうだと思って」
 少し誇らしげになる彼が愛しい。
 テーブルについて、とろりとした、じゃがいもと、にんじんと、たまねぎと、そして鶏団子が入ったシチューを口にすると、とても優しくされ、だいじにされている気持ちになった。
 伊織は自分のことをとても理性的な人間だと思っていた。あまり感情の起伏はないほうだと思っていたし、周囲にも落ち着いているとよく言われた。しかし、貴船といると自分がとても動物的だと感じる。動物的、は語弊があるかもしれない。官能的、といったほうがより正確だ。
 ベッドにいるときだけがセックスではないことを、伊織は感じている。
 貴船が、微笑んでいること、彼が伊織の名前をていねいに発音すること、それがすでに身体の芯を震わせるほどの悦楽なのだ。
 そしてすっかり暖まったあとに、顎先に彼の指を感じ、先ほどとは違う、奥まった場所を探り合う口づけを交わし始めると彼の味が、自分の性的な飢えを加速させていく。伊織の嗅覚が、貴船の香水に混じる彼の欲望の匂いを敏感にかぎ取り、全身がそれをよこせと訴え始める。
 大丈夫、すぐにもらえるから。
 貴船の首筋にかじりつくと、耳の下に唇をつけられ、切ないあえぎが漏れた。
 五感さえ超えたところまでも、際限なく彼と混じり合いたいという欲求。それがどこから来るのか、伊織にはわからない。
「き、ふね」
 拙く彼を呼びながら、彼はどう考えているのか。何を感じているのか、はかろうとする。
 自分よりもよほど手慣れているはずなのに、この身体を抱きしめている彼はきまじめと言っていいくらい真剣な顔をしていて、それを見るとただひたすら、その愛撫に応えたいと願ってしまう。
「毛布に、もぐる?」
 彼が聞いてくる。
「暖かくしてあげる」

 寒い日に、暖めてくれるのは、とても愛されている心地がする。


posted by ナツ之えだまめ at 04:20| Comment(4) | うなじまで、7秒-番外編
この記事へのコメント
えだまめ先生、こんばんは。「うなじまで、7秒」一周年おめでとうございます!題名とぼすこ先生のイラストに惹かれて購入しましたが、今でもお気に入りの1冊でたびたび読み返しては楽しませていただいています。今回のSSも素敵でした。伊織と貴船のお話を読むのは大好きです。読んでいて幸せになりますね。これからも機会があればぜひ二人の話をお願いしたいです。
日毎に寒くなってきました。どうかお身体に気をつけてお仕事頑張ってください。
Posted by つくも神 at 2014年11月15日 21:34
1周年おめでとうございます。はじめまして。あやのと申します。
フルールで連載されていたときからこの二人は好きでした。貴船がめろめろになってるのがとくに好きで…。
この二人は出来上がってからの雰囲気が特に好きです。両想いで甘いのが好きなので。

「どうにかなればいい」の二人も出来上がってからのSSが好きです。あの二人もまた是非読みたいです。

これからも新作を楽しみにさせていただきます。

急に寒くなってきましたのでお身体ご自愛ください。

突然のコメント失礼いたしました。
Posted by あやの at 2014年11月15日 23:47
>つくも神さん
コメント返しの遅れにぷるぷるしつつです。ごめん、ごめんよう、つくも神さん。


たびたび読み返すとのお言葉、うれしく思います。やっぱり、小説って読者さんの心に届いて初めて意味をもつものだと思うので。読んでいて幸せになると言ってもらえて、私もとても幸せになりました。
次も、その次も、つくも神さんに読んでて幸せ、と言ってもらえるものを書けるように、地道にがんばっていきたいと思います。
Posted by at 2016年01月23日 13:43
>あやのさん
勇気を出してはじめて書き込んでくださったのに、お返事が周回遅れどころじゃなくて、ほんとにすみません。


連載のときからのご声援、ありがとうございます。おかげさまで続編を出していただくことができました。
両思いのきふささは甘いですよね。ちょうどいま、続編の販促SSを書いているところなのですが、お互いがお互いを好きすぎて、どうしようかと思うくらいです。
次も、あやのさんにご満足いただけるといいなと思いつつ、書き続けております。
Posted by ナツ之えだまめ at 2016年01月23日 13:48
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