2016年04月14日

あなたがいること

お久しぶりの更新です。
J.GARDEN40のペーパーです。
「うなじまで、7秒」「悦楽よりも、深く」、貴船×伊織、きふささです。
読み返すとどこまでいちゃついてるんだかと恥ずかしくなりますね。そんな二人です。
------------------------------------------------------


 夕ご飯の揚げ出し豆腐に箸を入れながら、伊織はふと思いだした。
「今年もそろそろ祭りが近いんだな。公園の近くに、しめ縄が張られていた」
「ああ、そうですね。もうそんな季節だ」
「今年はなにも頼まれなかったら、一緒に夜店を冷やかしに行くのもいいな」
「そうですね」
「でも、貴船が行くと、きっと賑やかになるだろう。特に女性が」
「否定はしません。それより僕は、あなたと屋台の店番をしてみたいですね」
「本当か? 大家さんに言ったら、喜ぶぞ。ああ、でも、きっと心配する。貴船さんは日本語ができないのにって」
 言って、二人して笑う。
 ――日本語が不自由で心細い。
 そう言ってしまった手前、大家さんに相対するときに貴船は無口になりがちだ。あまり話すと、非常に流暢な日本語を話すことがわかってしまう。
「きっと僕は、あれから日本語の特訓をしたんですよ。だから大丈夫」
 伊織はくっくっと笑って、自分のぐい呑みに日本酒を注いだ。それからしばらく瓶を眺めて、冷蔵庫にしまう。
 貴船が意外そうな顔をした。
「もう、いいんですか? 明日は休日ですよ」
「うん、いいんだ。このところ、量を過ごしていないとはいえ、毎晩飲んでいたからな。これで終わりにする。それで、来週にはおまえと一緒に禁酒の日をもうける」
「珍しいですね。あなたがそんなことを言うなんて」
 そう言う貴船は、ちゃんと量を自制している上、週に二回は禁酒の日を作っている。
「健康に気を遣おうと思って」
 貴船の表情が曇ったので、伊織は慌てて否定する。
「そうじゃない。このまえの健康診断で、何かあったわけじゃないんだ。結果は良好だった」
 ほっとしたのだろう、貴船の肩が落ちる。
「そうじゃなくて、俺は貴船より一日でも長生きしようと心に決めたんだ」
 貴船が聞き返す。
「それはまた、どうしてなんですか」
 伊織は思いだしていた。
「一度、ひどい孤独に苛まれたことがあった。貴船が記憶をなくしていたときだ。そう、松山に行く前日。おまえが部屋からいなくなったとき」
 今考えても、最低、最悪の晩だった。
「ベランダから見つめた夜の町が、やけに楽しそうに見えた。そこにいっそここの階から、飛び込んでいきたかった。自分がどことも繋がっていない気がして、しーんと冷たくなっていくんだ。あんなのは、後にも先にも、あのときだけだったけどな」
 たぶん、と伊織は続ける。
「あれが貴船が、俺と会う前に見ていた世界なんじゃないかと思う。貴船はときどき言っていただろう? どことも繋がっていなかったと。もし、そうだとしたら……――あそこがかつての、俺のいない貴船の世界なんだとしたら、あんな寂しいところにおまえを置いていけない。そんなことにはさせない」
 自分の言っていることはおかしいだろうか。
 とんでもない、見当違いを言っているだろうか。
 そういぶかしんだ伊織だったが、目の前の貴船は、これ以上ないほどに晴れやかな顔をしていた。
 彼は言った。
「それを聞いて安心しました。僕は、あなたのいる世界に、これからずっといられるんですね」
 貴船は、箸を上手に使う。煮豆を摘みなから、彼は言う。
「父親が死んだとき、世界は終わったんだと思いました。なにもかもが、おしまいになってしまったんだと。でも、幼いショーンに言って聞かせたい。今、おとうさんの国ではもう、佐々木伊織というひとが生まれていて、将来、おまえは彼に出会い、また、新たな人生が始まるから、と」
「……たいへんだったな」
 そう言うと、彼は極上の笑みを見せて、殺し文句を放ってくれた。
「でも、あなたに会えたので」
 あなたに会えて、よかった。
 あなたに会えて、再び歩き出せた。
 あなたに会えて、人生は至福のものとなった。
「貴船が嬉しいと、俺も嬉しい」
「じゃあ、あなたはずっと嬉しいままです」
 想いは、まるで雪玉のように、自分たちの間を行ったり来たりする。そのたびに、のせて、返して、そうして大きくなっていく。
 伊織は手を差し出した。テーブルの向こうの貴船も差し出して、手のひらをあわせ、指を絡ませる。
 その感触のくすぐったさにたえきれず、伊織は笑いだす。つられるように貴船もまた、笑い始める。

posted by ナツ之えだまめ at 16:03| Comment(2) | うなじまで、7秒-番外編
この記事へのコメント
ペーパーで頂いていて既読でしたが、改めて感慨が込み上げてきます…きふささロス
Posted by なお at 2016年04月15日 15:24
>なおさん
いやあ、あれです。
こうして読んでみると、つい最近に自分が書いたのにもかかわらず、「きょえええ!」って言いたくなります。照れくさくて!
この人たちってば!
Posted by ナツ之えだまめ at 2016年04月15日 16:02
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。