2018年10月19日

種子と繁殖

Jガーデン45で出したペーパーです。
「どうにかなればいい」の二人です。
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 本日晴天。東京ビッグサイトではホビーショーが催行されていた。
 ホビーショーは手芸、工芸などに関する展示会だ。今日は一般公開日なので、ビジネスマンだけではなく、学生や家族連れの姿も見受けられる。早川ディスプレイの社長である早川誠二が休日であるのにこの場所を訪れたのは、懇意にしている工房オゴホゴがショーに出展しているからだった。今日は休日なので軽めのジャケットを着てきた。
「ああ、あそこか……」
 オゴホゴのブースは、予想したとおり人だかりがしていた。
 この展示会では、オゴホゴが欧州向けにしか作っていないハロウィンプレートが販売される。それ目当てだろう。
 顔見知りの小野口が、めざとく誠二を見つけてくれた。
「早川さん!」
「小野口さん。ずいぶんと盛況ですね」
 小野口が顔の前で手を振る。
「いや、そうでもないですよ」
「え?」
 この人だかりは、じゃあ、なんだというのだろう。小野口は言った。
「あんまり人が並んじゃったんで整理券を出したんです。ちょいまえは、申し訳ないくらいにぎゅうぎゅうでした」
「じゃあ、今いる人は?」
「見るだけ……になっちゃいますね。ハロウィンプレートは、もうデンマークの工房にもないんですよ」
 人だかりの先頭は、ディスプレイされているハロウィンプレートをしきりと撮影している。蜘蛛の巣や幽霊の手が配置されたプレートは、相変わらずふれれば呪われそうに禍々しく、そして美しい。
「早川さん。桑原さんは今、キッズコーナーに行ってるんですよ」
「キッズコーナー?」
「ええ。今日は一般日なんで、子どもさんを預かって工作をするコーナーがあるんです。そこで子供らにシリコン粘土を作らせるとかで」
 シリコン粘土は、オーブンで焼くと弾力を持ってかたまる性質があったはずだ。工作にはぴったりだ。小野口がぼやいた。
「桑原さん目当てにくる業者さんもいるっていうのに、うちの社長はちっともじっとしてなくて」
 そこまで言ったところで、呼ばれて小野口は「ごめんなさい」とそちらに行ってしまった。

「キッズコーナー……」
 ホビーショーの受付で渡されたパンフレットを見ながら、誠二は展示場の一番奥まで歩を進める。キッズコーナーは柵で囲った一角にあった。『シリコン粘土で遊ぼう! ただし、小学生のお子様に限ります』と、巨大な立て看板に注意書きがしてある。
 桑原はすぐわかった。コーナーの隅で子供らに囲まれている。彼はいつだって機嫌がいいが、今はすこぶる上機嫌なのが唇の角度でわかった。
 長い髪を後ろで束ね、あぐらをかいてなにかを作っている。そうしながら、子どもたちと話をしている。
 立て看板のかげから、彼の様子をうかがった。ここからなら、桑原の声がよく聞こえる。
「すげえな、よくこんなに細かく作れるもんだ。あ、もうちょっと強く押しておいたほうがいいぞ。そうそう。くっつけたところは剥がれやすいからな。おまえもいいぞ。いい色だ。混ぜてみるのもいいよな。……って、なんだよ」
「大介のひまわり、へん」
 そうっと見てみてると、小学校三年生くらいの女の子が桑原の作っている花を指さして文句を言っている。彼が作っているシリコン粘土はひまわりの形をしていたが、その花びらは燃える炎のごとく四方八方に突き出していて色は黄色から深紅、果ては紫までとバラエティに富んでいた。
「ひまわりの色は黄色なのよ」
 女の子は自分より小さな子どもに言い聞かせるかのようだった。
「大介はそんなことも知らないの?」
「いいの、いいの。これは、魔界に咲くひまわりだから」
 子供があきれたように桑原を見ている。
「あのね。魔界なんてないのよ?」
 桑原はおもしろそうに彼女に答える。
「ないんだ?」
「ないわよ」
「天国も地獄もない?」
「ないわ」
「あるぞ」
「ないってば」
「お嬢ちゃんの、ここに」
 そう言って桑原は彼女の額の真ん中を指さした。彼女は慌ててそこを両の手でおおう。
「魔界って言ったときも、天国って言ったときも、地獄って言ったときも、お嬢ちゃんにはとっさに思い浮かべたものがあっただろ。それが、そうだよ」
「で、でも、それは、空想だもん。ほんとじゃないもん」
「たとえば、愛。たとえば、尊敬。たとえば、感謝」
 桑原は指を折りながら、彼女に訴える。
「それらは実態がないよな。手でさわれないし、あると証明することもできない。それは『ない』のか? 空想の産物か?」
「うーんもう、それって屁理屈!」
「屁理屈かもな。その、見えないものを、見えるものに変換するのがアートってやつだ」
「見えないものを、見えるものに……?」
「そうだ。おそらく、みなが違う魔界、違う天国、違う地獄を持っている。それをほかの人間が見ることはできない。お嬢ちゃんの地獄はお嬢ちゃんだけのものだ。だけど、アートは、それをほかの人間に見えるようにするんだ」
 私だけの魔界。
 私だけの天国。
 私だけの地獄を。
 見て。
 さあ、見て。
 さらけだすから、目をそらさずに見て欲しい。
 彼の目は笑ってるようでいたって鋭い。本当に魔界があり、魔王がいるののだとしたらこの男こそがもっとも相応しいのではないか。その指をかざし、数々の美しい造形物を作り出して行くがゆえに。
 子どもが桑原の迫力に飲まれたように静かになった。
「大介」
 思わず、名前で呼んでしまう。
「お、誠二!」
 こちらを見ると、彼の顔がほころぶ。この男はたいていの人間が少年期に置いてきてしまうある種の無邪気さを、いまでも多分に持ち続けている。その心からの喜びの顔を見ると、誠二の胸はきゅんと切なくときめくのだ。
 今朝、同じ家から出てきたというのにだ。
「ちょっと来い」
 近づいてきた彼の耳を引っ張る。輪になったピアスが耳たぶで揺れた。
 彼は柵をその長い足で越した。
「え、なに。どうしたんだよ」
 黙って彼の耳をひっぱったまま、立て看板の背後に回り込む。
「いたたたた」
「あのな。あんなことを言って、子どもが怯えてただろうが」
「怯えてなんかないだろ。証拠に、ほら」
 見ていると、女の子はしきりと粘土をこねくり回し、いくつかを組み合わせて考え込んでいた。それはさきほどまで彼女が作ろうとしていたものよりずっと禍々しく、つたなく、だからこそ楽しげなものだった。
「……」
「粘土で形を作るのって楽しいもんな。魔界とか地獄ならなおさら」
 うんうんと桑原がうなずいている。
「大介は、子ども、好きか?」
「ああ、好きだな」
「……結婚、したいか?」
 言いながら胸がかきむしられるようだった。ずっとずっと負い目になっていた。桑原の才能は本物だ。自分が惚れ込み、今では世界がそれを認めている。その優秀な遺伝子を世の中に残したい。自分が女だったら、そうしたら。いくらでも子どもを作ってやるのに。この身がボロボロになるまで、彼の種子を蒔き続けるのに。それはかなわない。
「してるだろ。おまえと」
 そう言って、彼は左手を挙げた。そこには誠二が今胸にチェーンを通してさげているのと同じ、指輪がある。草を編んで作ったようなデザイン。
「そうじゃ、なくて」
「おまえ、豊臣秀吉、知ってる?」
 なにを言いだすのだ。眼鏡ごしに彼をにらみつけてやる。
「ばかにしているのか。知っているに決まっている」
「じゃ、その部下の子孫のことはわかるか?」
「知るもんか。徳川家康や織田信長ならとにかく」
「そういうことだよ」
 なにがそういうことなんだ?
 彼がにやりと笑う。
「実際に子作りすることだけが繁殖じゃないってことだ。社会っていう大きな生き物に影響を与えることも繁殖だろ。俺はだれかの心の奥の奥に、色と形を通して存在を染み込ませてやる」
 社会的な繁殖。
 そんなふうに考えたことがなかった誠二はつくづくと桑原の顔を見る。
「それにさ、この粘土を作って楽しさに目覚めただれかが何かを作って、それをまただれかが受け取っていくのも、これもまた繁殖だろ。だから大学の講師を引き受けたし、こういうところにも顔を出してる」
 誠二、と、彼は言った。
「社会はこれからどんどん便利になるだろう。てことは人間がそれほどいらなくなるってことだ。でも、それでも、何かを作り出すことができるのはやはり人間だけなんだよ」
 すげーよな、そう言って桑原は笑った。釣られたように誠二も微笑んで言う。
「それで言ったら、大介はものすごい子沢山じゃないか。絶倫だな」
「そうだろう」
 満足そうにそう言うと、桑原は身を屈めて誠二の顎のところのほくろをそっと舐めた。
posted by ナツ之えだまめ at 16:19| Comment(2) | 番外編
この記事へのコメント
心に沁みました。
このふたりの恋人ってだけではない深い所でつながってる感じがすごく素敵です。
SSありがとうございました(#^.^#)
Posted by anko at 2018年10月23日 13:46
>ankoさん
ありがとうございます。
このお話は短いながらもずっと自分の片隅にあったので、庭に新刊がない非常事態をどうにかというときだったとしても、出せてほんとうによかったです。読んで下さってとてもうれしいです。
Posted by ナツ之えだまめ at 2018年10月24日 13:42
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