2020年10月19日

クレモンの深き嘆き

『アルファ同士の恋はままならない』番外編。
『クレモンの深き嘆き』です。
脇役ですが、クレモンが好きなのです。

見開きのペーパーを書くのが久しぶりだったので、ついつい長く書きすぎて、削ることになりました。楽しかったです。
J.Gardenは、売り子さんのMMさんにお願いしました。「印刷もしますよ」と言ってくださらなかったら、このペーパーは出なかったことでしょう。うう、ありがとうー!
だけど、ほんとうは、やっぱり、直接行きたかったですね。自分の仕事のへっぴり具合を鑑みれば、とても無理だったんですが。
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 クレモンは、今の生活に満足している。

 元道化者《どうけもの》、社交界の隙間をおもしろおかしく泳ぎわたり、その結果として爵位もいただいたし、愛する妻と二人の子供にも恵まれた。妻は前夫、ミケーレ・リオン・カステリーニと離婚するにあたって、慰謝料として多大な財産を譲られており、彼女と結婚している限り、一生、お金に困ることはない。
 だが、ひそかにクレモンは野望を抱いている。

 ――いつか マッシモをギャフンと言わせてやりたい。

 悲しいほど長いこと、その願いは、かなうことはなかったのだが、とうとう、絶好の機会が訪れた。薔薇の島にマッシモとともに祖父江がやってきたのだ。
 彼が一人でいる機会を狙って、クレモンは居室を訪れた。
「コンニチワ」
 祖父江が驚く。
「あ、日本語?」
「ソウ。デモ、チョットダケネ」
 そう言って、指で少しのジェスチャーしてみせた。祖父江の表情がやわらぐ。
 本当は、紗栄子と会話するぐらいには、日本語は得意だ。だが、あまりペラペラであるよりも、拙いくらいのほうが受けがいいのを、クレモンは知っている。
 ――ほう。
 クレモンは感心する。
 祖父江は彼方に似ていないと思っていたが、そうでもない。二人とも、こちらの心の奥を見すかすように、まっすぐに見つめてくる。
「クレモンさんは、マッシモのおじさんなんですよね。マッシモは、どんな子どもでした?」
「可愛かったよ。天使みたいだったね。あと、まあ、モテたね。……おっと、失敬」
 そう言って、自分の口を塞いでみせる。だが、祖父江は気にするそぶりを見せなかった。彼は言った。
「平気ですよ。マッシモはそういうことを自慢するやつじゃなかったけど、でも、あいつがモテるだろうってぐらいはわかってましたから」
「そうか。なら、よかった。なにせあいつは、いちどきに半ダースの女の子を引き連れて歩いたという伝説の男だからね。だけど、彼もとうとう、きみという相手を見つけて落ち着いたわけだ。おめでとう」
 そう言ってクレモンが手を差し出し、祖父江はその手を握り返した。そのとき、盛大に居室のドアが開いた。マッシモが肩で息をしている。走ってきたのだろう。
「クレモン!」
 クレモンは腰を浮かす。
「ああ、じゃあ、またね。芳明。お近づきになれて嬉しかったよ」
 そう言って、クレモンはその場を去る。
「いやあ、楽しみ、楽しみ」
 クレモンの足取りは軽い。
 マッシモと祖父江の間には一悶着あるだろう。恋のモヤモヤを、マッシモ、おまえもとくと味わうがいいさ。
 積年の鬱憤を晴らしたクレモンは爽やかな気持ちでいた。
 まあ、翌日までは。

 クレモンは庭園で、紙巻煙草を吸っていた。
「クレモン」
 そうマッシモに呼びかけられて、慌てて煙草を消す。マッシモの姿は見えないが、クレモンは弁解する。
「マッシモ。一本だけだよ。それもほら、今、消したから」
「ねえ、クレモン。聞いてくれる? ぼく、悩んでるんだよ」
 おう。早くも、二人に不和の嵐が吹き荒れているのか。そうか。それは、聞いてあげないとな。クレモンはにやにやと笑み崩れそうになるのをこらえる。
「マッシモ。おまえが悩んでいるなんて、珍しいじゃないか。いいよ。なんでも、このクレモンおじさんに話してごらん」
「誰かが祖父江に、ぼくの昔のことを吹き込んだらしくて。ほら、祖父江って、一直線だから。それに、行動力もあるしね。まあ、そういうところが好きなんだけど。今回ばかりは困っちゃったよ」
 そう言って、マッシモは深くため息をついた。
「お、おう?」
 なんだろう、なんでかな。事態は、自分が思ったのとは違う方向に動いている気がする。
「祖父江が真面目な顔でぼくに言うんだよね。『俺はマッシモだけだけど、もしかして物足りないか? もっといろいろ経験しているほうが、いいのか? だったら、そうしてもいいぞ。ほかの誰かなんて気が進まないけど、おまえのためなら』って」
 え。待って。なにそれ。
 つまり、経験の多いマッシモに合わせて、自分もこれから経験を積むってこと? アルファの考えることは、ベータの自分には、まったくもってわからない。
「どうして、そうなる……?」
「ねえ、そう思うよねえ」
 そう言って、薔薇の茂みの向こうから姿を現したマッシモの口元は笑みの形を作っていたものの、目は、まったくもって笑っていなかった。
「うひい……!」
「もう、ほんとに、誰だろうね。そんなつまんないことを、祖父江に言わせたやつは」
 この、若き傀儡師《ワイヤープラー》の、たった一枚の逆鱗にふれてしまったことを、クレモンは悟った。声も出ない。
「クレモン。ぼくね、クレモンのことは大好きだよ。ママ紗栄子のたいせつな旦那さんだし、フェルたちのよきお父さんだものね」
「そ、そうだな。そうだよな」
 そうだ。いくらマッシモでも、身内なんだ、自分は。それをどうこうするわけがない……――という考えは甘いことをすぐに知る。
「だけどもし、これ以上、祖父江によけいなことを言うようだったら、容赦はしないよ。旦那さんやお父さんのままだっだら、紗栄子ママやフェルたちが悲しむから、まずは、他人になってもらうところから始めるよ」
 ふっと、マッシモは息を吐いた。悲しげなため息が庭園に満ちる。
「そんな面倒くさいこと、ぼくだってやりたくないんだ。ぼくの手を煩わせないでね。お願いだよ、クレモン」
 言葉を発することが出来ずに、クレモンはかくかくと、壊れたくるみ割り人形のように顎を震わせながらうなずいた。
 マッシモは天使の笑みを浮かべた。
「ありがと。クレモンならそう言ってくれると思っていたよ」
 そう言って、クレモンの右頬に口づけると、マッシモは庭園を去って行った。
「こわい……。こわかったよー!」
 クレモンはその場でしゃがみ込む。
 元社交界の道化者で、爵位持ち。今は愛する妻子がいる。
 この幸せを逃さないために、もう二度と、マッシモの不興を買うようなことはすまい。そう、クレモンは決心したのだった。
posted by ナツ之えだまめ at 15:48| Comment(0) | 番外編
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