商業誌『悪役令息だけど推しと偽装結婚します』の番外編です。
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私、カレンデュラが、義理の息子であるダニエルの結婚を知ったのは、首都リーズのアッシャー・チェスターフィールドの屋敷でした。それを知らせたのは、ハットン高等学院から帰ってきた夫でした。
あの学校で、いったいなにがあったというのでしょうか。
「ちょっと待って。ちょっと待って」
ぐるぐると頭の中で、様々な情報が錯綜します。
「えーと、えーと」
私は改めて、確認せずにはいられませんでした。
「あなたは、『ダニエルが、結婚した』って言ったのね」
夫は難しい顔していましたが、「ああ」と口にいたしました。
いくらなんでも、それは唐突ではありますまいか。婚約と言われても驚くのに、いきなり結婚とは。「はい、そうですか」と納得できるわけがありません。
「私、頭が混乱しているわ」
アッシャー・チェスターフィールドは、家としての歴史は浅いけれど、公爵家でございます。大貴族の一員です。なので、結婚のコースとしてはハットン高等学院を卒業後、社交界デビューして、リーズで夜ごと舞踏会に招き招かれ、そこで、家柄的に釣り合う相手を見つけるのが、お定まりといえましょう。
それが、いきなり、結婚。二十三とはいえ、まだ学生なのに。
夫は、困ったようにこちらを見ておりました。
「じつは、な」
夫が、とても言いにくそうにしているそのわけを、私は察しました。
「お相手は、平民なのね」
ダニエルは夫の血を継いでいて半分は貴族ですが、半分は平民です。さらに彼は、当家とはまったく関係なく十七まで育ったのです。「堅苦しい貴族の女性より、気心の知れた平民のほうがいい」と願っても、おかしくはありません。
「ダニエルの望むことなら、なんでも、かなえてあげたいけれど……」
せめて下級でもいいから、貴族であればよかったのに。平民というのは、つらいものがあります。
「そうだわ。あなたのお知り合いの、養女になっていただくのはどうかしら。そこからお嫁入りしていただければ、体面は整うわ」
うん、いい考え。そう思いましたのに、夫は言いました。
「そうじゃないんだ。家柄は申し分ない」
「だったら、なんでいきなり結婚などと。もしかして、とんでもない年増なのかしら。私より、年上だったらどうしましょう」
悩んでいる私の両肩に、夫は手を置きました。
「カレンデュラ。頼むから、まずは、私の話を聞いてくれ。お相手の年齢は十七歳。ハットン高等学院の学生だ」
「十七歳で結婚……ハットン高等学院の生徒……」
ハットン高等学院に通うのであれば、相応の家柄のはず。なのに、学生にも関わらず結婚。ということは、あれしかないではありませんか。
お相手のお嬢さんが、そういうことなのですね?
「いつ、生まれるの?」
ぐぐぐっと、肩にある夫の指の力が強くなりました。夫は言いました。
「子どもは生まれない」
「だったら、どうして」
結婚とは、もっと慎重になってしかるべきものです。少なくとも、このクロフォード王国の上流階級に関しては、そのはずです。
「アクシデントがあって、ダニエルは相手をかばっている。身内のことにして、内々に収めたいそうだ。だが、話自体は悪くないんだ。相手の家柄は、申し分ない。デュボア家のご子息だからな」
「まあ、デュボア家」
デュボア家は、はるか昔、三賢の時代にまで遡ることができる由緒ある家柄でございます。旧家ゆえ様々な特権を持っていて、新興のアッシャー・チェスターフィールドが手を組むには最適といえましょう。
安堵すると同時に、私は記憶の糸をたぐり始めました。あの家に、そんな妙齢のお嬢さんがいらしたかしら。あそこにいたのは、たしか、男の子が二人。
「ん……?」
そういえば。さっき夫は、なんて言ったのだったかしら。「ご子息」。そう、たしかにそう言いました。私の理解が追いついたのを悟ったのでしょう。夫は、こう申しました。
「そうだ。ダニエルのそれは、青い結婚だ」
ぴしゃーんと、カミナリに打たれたように「青い結婚」という言葉が、頭の中に響きました。
青い結婚。すなわち、男同士の結婚。
「なんで、どうして。もしかして、ロジャーに気を使ってなの?」
青い結婚なら、子どもはできません。どこかから、養子をとることになるでしょう。ダニエルはロジャーをとても気にかけてくれていました。ですから、大いに考えうることです。
「その気持ちは嬉しいけれど、だけど、いくらなんでも」
「それがないとは言い切れないが、あいつは本気でデュボアのご子息に懸想をしているらしい。私も最初は戸惑ったよ。だがな。あいつは、もしこの結婚を許してくれるのなら、卒業すると宣言したんだよ」
「卒業? ほんとうに?」
喜びのあまり、私は叫びそうになりました。
チェスターフィールドの後継者問題。
それは、ずっと私の中にあった懸案でした。チェスターフィールドは貴族であるだけではなく、アッシャー商会を擁しています。直接雇っている者だけでも、数千人は下らないでしょう。小さな王国と言っても過言ではない重みがあるのです。
「きみは……、いいのか。それで」
もごもごと夫は言いました。そうですね。夫が、自分以外の女性に産ませた子ども。それに爵位を継がせる。
普通は怒ったりすねたりするものなのでしょうが、もし、ダニエルという存在がなかったら、血統主義のこの国のこと、親戚たちが我も我もと押し寄せてきて、このアッシャー・チェスターフィールドをぼろぼろに食い尽くしてしまったことでしょう。それを回避できたのですから、御の字です。
それに、ダニエルが生まれたのが自分がチェスターフィールドに嫁ぐ前のことであったのも、大きかったのでしょう。愛妾の子というよりは、前妻とのお子様という印象を私は受けました。だいたいが、夫は兄二人のうちどちらかが生き残っていたのなら、彼女と結婚していたはずです。
それに、なんと言っても、ダニエルの人柄です。
謙虚な彼は、「自分には、つとまらないから」と辞退しようとしました。それをどうしてもと頼み込んだのは、私自身です。
ためらいながらもうなずいてくれた彼は、「卒業したら」と条件をつけました。その卒業がなかなか訪れなかったのですけれど。けれど、その彼が、とうとう気持ちを決めてくれたのです。
「それにしても、ダニエルの気持ちを変えさせるなんて。どんなお相手なのかしら」
気になります。だって、なにせ「あのデュボア」なのですもの。
私は、興味がむくむくと湧き上がってくるのを、抑えることができませんでした。
私は早速、ダニエルを呼び出しました。開口一番、彼は謝ってきました。
「すまない、カレンデュラ。相談もせずに決めてしまって」
「それはいいの。ただね、本当にデュボアの息子でいいの。おどされているとか、ない? ごめんなさい。こんなことを言って失礼よね」
しかし、私の憂慮は、このクロフォード王国の貴族階級に少しでも詳しい者だったら、おおいにうなずいてくれたでしょう。というのは、かつてデュボア家は諜報活動によって王に重宝されていた家柄だからです。「デュボアは、いざとなればこの貴族社会がひっくり返るほどの秘密を抱えているのだ」と、今でもまことしやかに噂されているのです。
「ありがとう、カレンデュラ。心配してくれて」
彼は怒ることなく、受け入れてくれました。
「あなたがそのように思うのは、無理はないと思う。なんせ、『あのデュボア』だからな。だけど、あいつは……――」
彼は言いよどんでいましたが、意を決したようにこうつけ加えました。
「エリオットは、心を入れ替えたんだ」
――心を入れ替えた。
「心を入れ替えたんだったら、まったくの別人じゃないの」
ダニエルは、笑い出しました。屈託のない笑顔に、こちらの警戒も緩んでしまいます。
「そうだな。まったくそのとおりだ」
「笑い事じゃないのよ。ほら、『ギネアの涙』の例だってあるじゃない? 深層の迷宮の魔物に取り憑かれたってことだって」
「ごめん、ごめん。茶化したわけじゃないんだよ。だけど、とにかく、俺は、今のあいつがいいんだ。あいつを、俺のそばに置いておきたいんだ」
「そう……」
ダニエルが、体面をなにより重んじる大貴族になじめないだろうことは、わかっていました。ずっと平民の気楽な暮らしをしていたかったでしょう。彼にとっては、社交界も舞踏会も、ぞっとする悪夢でしょう。私自身が、貴族でありながら、社交界に溶け込むことができなかったのですから、その気持ちはよくわかります。
そんな彼が、「この人は」と思う相手が見つかったのです。そして「卒業まで」とされていた猶予期間を、引き払ってもいいとさえ思ったのです。
「とりあえずは、わかったわ。でもその代わり、今度の夏休みには、その子を連れてきてちょうだい」
「……いい、けど」
「絶対よ。約束よ」
きっと、見れば、わかると思うのです。目を見て話せば、人づての噂よりも、何十倍も相手が理解できそうな気がします。
応援するかどうかは、そのあとに決めることといたしましょう。
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