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    <title>ナツ之えだまめ小説</title>
    <link>http://edamame-novel.sblo.jp/</link>
    <description>ナツ之の小説をおいております。BLでございます。</description>
    <language>ja</language>
    <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
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    <itunes:summary>ナツ之の小説をおいております。BLでございます。</itunes:summary>
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    <itunes:author>ナツ之えだまめ</itunes:author>
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      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/191507945.html</link>
      <title>『ベアトリスの大冒険』</title>
      <pubDate>Sun, 05 Oct 2025 08:28:03 +0900</pubDate>
      <description>『ベアトリスの大冒険』商業誌『悪役令息だけど推しと偽装結婚します』の番外編です。--------------------------------------------------------------------------------------</description>
            <content:encoded><![CDATA[
『ベアトリスの大冒険』<br /><br />商業誌『悪役令息だけど推しと偽装結婚します』の番外編です。<br />--------------------------------------------------------------------------------------<br /><br /><a name="more"></a>　わたくしの名前は、ベアトリス。妙齢の淑女ですの。「そんなやつ、いたかな」ってお思いになりましたかしら。<br />　いましたよ。<br />　ええ、わたくし、最初から最後までおりました。<br /><br />　ほら、ここです、ここ。エリオット様のお屋敷にて。<br />　――空気の流れを感じたのか。はたまた、恩あるあるじの訪れを歓迎してか。クモたちは天井から次々と降下してきた。エリオットの頬にクモが落ちてくる。<br /><br />　そして、リーズの港からハットン高等学院のある島に至る、船の上。<br />　――ちなみにエリオットの記憶によると、あのクモの名前はベアトリスというらしい。エリオットの一番のお気に入りで、よくなついていて、家から着いてきたらしい。<br /><br />　ハットン高等学院での、エリオット様のお部屋にも。<br />　――エリオットは、びくびくしながら部屋に入った。ベッドが一つ、机が一つ。中庭に面して窓がある。<br /><br />　教員宿舎へのお引っ越しの荷物にもまぎれておりましたし、卒業式の日におけるエリオット様の渾身の呼びかけには真っ先に応じました。そして、爆風のさなかには、エリオット様のズボンのすそに隠れてゴーレムに飲み込まれておりました。<br /><br />　そんなわたくし、ベアトリスの戯れ事でございます。どうか、しばらく、お付き合いくださいませ。<br /><br />　エリオット様とわたくしは、相思相愛でしたの。<br />「それは、おまえの妄想なのではないか」ですって？<br />　まあ、失礼な。そんなことはございませんでしたよ。だってあの方――エリオット様は、おっしゃってくださったんですもの。<br />「あまたいるクモたちの中でも、おまえは一番の美人だよ」<br />　そう、語りかけてくださったんですのよ。<br />　申し添えておきますならば、エリオット様はお側に仕えている無数のクモたちを、きちんと見分けていらっしゃいました。そう、そのような最高の方だったのです。<br />　それなのにある日、突然変わられてしまいました。あるとき、エリオット様は大切にされているわたくしどもの部屋にいらっしゃいました。もちろん、わたくしどもは、エリオット様にご挨拶するべく、糸を垂らして馳せ参じましたの。<br />　いつもなら、自分たち一匹一匹をちゃんと見て、お声をかけてくださいます。とりわけ、わたくし、ベアトリスのことは手にとって、目を細めて褒めてくださるのに。<br />　エリオット様は硬直して、体温も低くなっておりました。<br />　どうされたのでしょう。<br />　心配になったわたくしは、エリオット様についていくことにしたのです。けれど、船上でわたくしは、エリオット様から引き離されてしまいました。<br />「いいやあああ、とって、とってとって！」<br />「おいおい、しがみつくな」<br />　逃げ出そうとしたのですが、その金髪の人間のオスは、やたらと素早かったのです。わたくしのことを、ひょいとつまむと持ち上げました。このときばかりは、わたくしベアトリスもこれで最期かと覚悟いたしました。<br />「……とれたよ」<br />　人間がクモのことをどう扱うか、わたくしは聞き及んでおります。皆がエリオット様のように素晴らしい方ではないということも、知っております。わたくしはこのまま、男の指に潰されるか、靴裏で圧死するか、海に投げ捨てられるか。そう、覚悟したときでした。<br />「立派なクモだな」<br />　その男はにやっと笑って、わたくしを船の手すりの上に置いたのでした。<br />「ご主人についてきたのかい、子猫ちゃん」<br />　――わたくしは子猫ではございません、クモでございます。<br />　そう言いたいところでしたが、命が助かったわたくしは、そそくさとその場をあとにしたのでした。<br /><br />　そうして、わたくしはエリオット様についてこちら、ハットン高等学院まで参ったのでございます。<br />　エリオット様がまずなさったことは、あらゆる蓋と引き出しをあけることでございました。それから、ほっと息をつかれました。ご本人はわかっておられなかったでしょうが、小さくつぶやかれた言葉が、わたくしの耳に届きました。<br />「よかった。『あれ』がいなくて」<br />　このときにわたくしには、「あれ」がなんだか、わかってしまったのです。エリオット様が探していたのはクモなのです。しかも、いなくてよかったと思われているのです。<br />　そのように嫌われるなにを、わたくしどもがエリオット様にしたのでしょうか。<br />　――エリオット様、エリオット様。どうか、わたくしの想いに気がついてください。元のエリオット様にお戻りください。<br />　悲しみながらもわたくしは、エリオット様のお近くから離れませんでした。<br />　エリオット様は、落ち込んだり、浮かれたりと、以前よりも随分と落ち着かないご様子でございました。<br /><br />　ある日、わたくしがエリオットのお目にふれぬよう、こっそりと羽虫が巣にかかるのを待っておりますと、慌ただしく、大人の男性が何人も入ってきて荷物をまとめていくではありませんか。わたくしは賢いクモですので、なにかあったのだと気がつきました。<br />　エリオット様。あなたがどんなに変わろうと、わたくしの忠誠は変わることありません。あなたについて行きます。わたくしは隙を見計らって荷物の一つに潜り込みました。そしてそのまま、同じハットン高等学院の、もっと広い部屋に移ったのでした。<br />　そこでのエリオット様は、さらに落ち着きを失っておりました。<br />　ときどき深いため息をつく。ベッドの上で寝返りをついて声をあげる。今度は顔を伏せて両足をバタバタさせる。<br />　いったい、エリオット様はどうされてしまったのでしょうか。<br />　そんなこんなで、卒業式となりました日には、わたくしは講堂からのエリオット様の呼びかけにいち早く駆けつけたのです。わたくしはエリオット様の襟元から中に入り、しっかりと両手両足そのほかを踏ん張っておりました。そう、ゴーレムに飲み込まれたときも、さらには、わけのわからぬ場所に飛ばされましたそのときさえも。<br />　そうして、エリオット様は無事に卒業され、またお引越しをされることになりました。もちろん、わたくしはついて行きましたとも。こんどは、たいへんに長い旅でした。<br /><br />　ついたのは、チェスターフィールドという領地のお屋敷でございます。<br />　春。<br />　暖かく草花は芽吹き、小さなクモの子たちがたくさん生まれる、そんな季節でございました。<br />　そこで、わたくしに決定的なことが起こったのです。いえ、「エリオット様に」というべきでしょうか。<br />　エリオット様とやけに近しい、つがい候補のオスがおりました。あの、船の上でわたくしを「子猫ちゃん」とのたまったオスでございます。このオスは、幾度となくエリオット様に求愛を繰り返しておりました。エリオット様もまんざらではなさそうなのに、お二人は、近しい友人として過ごされていたのでございます。<br />　なので、わたくしはお二人は一生このままなのではないかと、そのように思い違いをしておりました。<br />　とんでもございませんでした。あの男は野獣です。クモの秘めやかな交尾とそれは、あまりにも違っておりました。<br />　目を見交わすところから始まって、口をつけて脱皮ののち求愛のダンスを二人してかわして、そのあとに交接です。やっと終わったかと思ったら、また最初から始まるのです。<br />　なんということでしょう。次の日に目覚められたエリオット様は、クモのわたくしから見てもたいそう艶めいておられました。<br />　そしてわたくしは悟ったのです。もうエリオット様には、わたくしがいらないのだと。<br />　それを証明するかのように、エリオット様は、お名前まで変えらてしまいました。「セラ」というのが、その名前です。<br />　――さようなら、エリオット様。<br />　わたくしは泣きながら、エリオット様の部屋を後にしました。<br />　もう、わたくしはいらないのです。いらない子なのです。<br />　泣きながらさまよったあげく、たどり着いたのは、オンボロの納屋でした。もう使われてはいないそこには、虫がたくさんいて、わたくしは泣きながら巣を張ると、虫を死ぬほど食べました。<br />「どうしたの、可愛い人」<br />　話しかけられて、そちらを振り向くと、立派なオスのクモがわたくしのことを優しく見つめていました。<br />　なんだか、彼には見覚えがあります。彼のほうも、はっとしたようにこちらを見ました。<br />「もしかして、きみはビアトリス、ビアトリスじゃないか」<br />「そういうあなたは、マクシミリアン？　なんで、あなたがここにいるの？。あなたは、エリオット様のお屋敷にいたはず……」<br />「そうか、きみは知らないんだね、ベアトリス」<br />　マクシミリアンは、その黒々とした目を伏せました。そうすると彼の多数眼が、各々違う輝きを持ってゆらゆらと揺れるのです。愁いに満ちた彼はとても素敵でした。<br />「あれから屋敷は人手に渡ってね。ひどいもんだったよ。クモたちはみんな、追い払われるか、もっと悲惨な目にあった。ぼくは命からがら、馬車を渡り歩いてようやく、ここにたどり着いたんだ」<br />「そうだったの。おそろしい目にあったのね」<br />「でも、そのおかげできみに会えたよ、ベアトリス。きみは、エリオットについて行ったんだろう」<br />「ええ、そう。でも、いいの。エリオット様はつがいを見つけられたから」<br />「だったら、どうだろう。そろそろ、きみ自身のつがいを見つけてみるとかは」<br />「え、わたくしの？」<br />　考えたこともなかったことを言われて、わたくしは戸惑いました。マクシミリアンは、はにかんだ様子で、こう、言いました。<br />「ベアトリス。もしよかったら、ぼくを、つがい候補の一人にしてもらえないだろうか」<br />「マクシミリアン」<br />「ぼくは、前から、きみのことが……」<br />　わたくしたちの想いは大きく燃え上がったのでした。<br /><br />　そしてそれから数年が経ち……――<br />「こんなところに、納屋があったんだ」<br />　そう言いながら、納屋の戸を開けたセラ・エリオットは、天井からの大量のクモたち――ベアトリスとマクシミリアン、および、その子孫たち――の降下に「ぐわわー」と、奇妙な声をあげることになったのであった。<br />

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            <category>番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
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      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/191507942.html</link>
      <title>『カレンデュラは盛大に戸惑う』</title>
      <pubDate>Sun, 05 Oct 2025 08:24:30 +0900</pubDate>
      <description>『カレンデュラは盛大に戸惑う』商業誌『悪役令息だけど推しと偽装結婚します』の番外編です。--------------------------------------------------------------------------------------</description>
            <content:encoded><![CDATA[
『カレンデュラは盛大に戸惑う』<br /><br />商業誌『悪役令息だけど推しと偽装結婚します』の番外編です。<br />--------------------------------------------------------------------------------------<br /><a name="more"></a>　私、カレンデュラが、義理の息子であるダニエルの結婚を知ったのは、首都リーズのアッシャー・チェスターフィールドの屋敷でした。それを知らせたのは、ハットン高等学院から帰ってきた夫でした。<br />　あの学校で、いったいなにがあったというのでしょうか。<br /><br />「ちょっと待って。ちょっと待って」<br />　ぐるぐると頭の中で、様々な情報が錯綜します。<br />「えーと、えーと」<br />　私は改めて、確認せずにはいられませんでした。<br />「あなたは、『ダニエルが、結婚した』って言ったのね」<br />　夫は難しい顔していましたが、「ああ」と口にいたしました。<br />　いくらなんでも、それは唐突ではありますまいか。婚約と言われても驚くのに、いきなり結婚とは。「はい、そうですか」と納得できるわけがありません。<br />「私、頭が混乱しているわ」<br />　アッシャー・チェスターフィールドは、家としての歴史は浅いけれど、公爵家でございます。大貴族の一員です。なので、結婚のコースとしてはハットン高等学院を卒業後、社交界デビューして、リーズで夜ごと舞踏会に招き招かれ、そこで、家柄的に釣り合う相手を見つけるのが、お定まりといえましょう。<br />　それが、いきなり、結婚。二十三とはいえ、まだ学生なのに。<br />　夫は、困ったようにこちらを見ておりました。<br />「じつは、な」<br />　夫が、とても言いにくそうにしているそのわけを、私は察しました。<br />「お相手は、平民なのね」<br />　ダニエルは夫の血を継いでいて半分は貴族ですが、半分は平民です。さらに彼は、当家とはまったく関係なく十七まで育ったのです。「堅苦しい貴族の女性より、気心の知れた平民のほうがいい」と願っても、おかしくはありません。<br />「ダニエルの望むことなら、なんでも、かなえてあげたいけれど……」<br />　せめて下級でもいいから、貴族であればよかったのに。平民というのは、つらいものがあります。<br />「そうだわ。あなたのお知り合いの、養女になっていただくのはどうかしら。そこからお嫁入りしていただければ、体面は整うわ」<br />　うん、いい考え。そう思いましたのに、夫は言いました。<br />「そうじゃないんだ。家柄は申し分ない」<br />「だったら、なんでいきなり結婚などと。もしかして、とんでもない年増なのかしら。私より、年上だったらどうしましょう」<br />　悩んでいる私の両肩に、夫は手を置きました。<br />「カレンデュラ。頼むから、まずは、私の話を聞いてくれ。お相手の年齢は十七歳。ハットン高等学院の学生だ」<br />「十七歳で結婚……ハットン高等学院の生徒……」<br />　ハットン高等学院に通うのであれば、相応の家柄のはず。なのに、学生にも関わらず結婚。ということは、あれしかないではありませんか。<br />　お相手のお嬢さんが、そういうことなのですね？<br />「いつ、生まれるの？」<br />　ぐぐぐっと、肩にある夫の指の力が強くなりました。夫は言いました。<br />「子どもは生まれない」<br />「だったら、どうして」<br />　結婚とは、もっと慎重になってしかるべきものです。少なくとも、このクロフォード王国の上流階級に関しては、そのはずです。<br />「アクシデントがあって、ダニエルは相手をかばっている。身内のことにして、内々に収めたいそうだ。だが、話自体は悪くないんだ。相手の家柄は、申し分ない。デュボア家のご子息だからな」<br />「まあ、デュボア家」<br />　デュボア家は、はるか昔、三賢の時代にまで遡ることができる由緒ある家柄でございます。旧家ゆえ様々な特権を持っていて、新興のアッシャー・チェスターフィールドが手を組むには最適といえましょう。<br />　安堵すると同時に、私は記憶の糸をたぐり始めました。あの家に、そんな妙齢のお嬢さんがいらしたかしら。あそこにいたのは、たしか、男の子が二人。<br />「ん……？」<br />　そういえば。さっき夫は、なんて言ったのだったかしら。「ご子息」。そう、たしかにそう言いました。私の理解が追いついたのを悟ったのでしょう。夫は、こう申しました。<br />「そうだ。ダニエルのそれは、青い結婚だ」<br />　ぴしゃーんと、カミナリに打たれたように「青い結婚」という言葉が、頭の中に響きました。<br />　青い結婚。すなわち、男同士の結婚。<br />「なんで、どうして。もしかして、ロジャーに気を使ってなの？」<br />　青い結婚なら、子どもはできません。どこかから、養子をとることになるでしょう。ダニエルはロジャーをとても気にかけてくれていました。ですから、大いに考えうることです。<br />「その気持ちは嬉しいけれど、だけど、いくらなんでも」<br />「それがないとは言い切れないが、あいつは本気でデュボアのご子息に懸想をしているらしい。私も最初は戸惑ったよ。だがな。あいつは、もしこの結婚を許してくれるのなら、卒業すると宣言したんだよ」<br />「卒業？　ほんとうに？」<br />　喜びのあまり、私は叫びそうになりました。<br />　チェスターフィールドの後継者問題。<br />　それは、ずっと私の中にあった懸案でした。チェスターフィールドは貴族であるだけではなく、アッシャー商会を擁しています。直接雇っている者だけでも、数千人は下らないでしょう。小さな王国と言っても過言ではない重みがあるのです。<br />「きみは……、いいのか。それで」<br />　もごもごと夫は言いました。そうですね。夫が、自分以外の女性に産ませた子ども。それに爵位を継がせる。<br />　普通は怒ったりすねたりするものなのでしょうが、もし、ダニエルという存在がなかったら、血統主義のこの国のこと、親戚たちが我も我もと押し寄せてきて、このアッシャー・チェスターフィールドをぼろぼろに食い尽くしてしまったことでしょう。それを回避できたのですから、御の字です。<br />　それに、ダニエルが生まれたのが自分がチェスターフィールドに嫁ぐ前のことであったのも、大きかったのでしょう。愛妾の子というよりは、前妻とのお子様という印象を私は受けました。だいたいが、夫は兄二人のうちどちらかが生き残っていたのなら、彼女と結婚していたはずです。<br />　それに、なんと言っても、ダニエルの人柄です。<br />　謙虚な彼は、「自分には、つとまらないから」と辞退しようとしました。それをどうしてもと頼み込んだのは、私自身です。<br />　ためらいながらもうなずいてくれた彼は、「卒業したら」と条件をつけました。その卒業がなかなか訪れなかったのですけれど。けれど、その彼が、とうとう気持ちを決めてくれたのです。<br />「それにしても、ダニエルの気持ちを変えさせるなんて。どんなお相手なのかしら」<br />　気になります。だって、なにせ「あのデュボア」なのですもの。<br />　私は、興味がむくむくと湧き上がってくるのを、抑えることができませんでした。<br /><br />　私は早速、ダニエルを呼び出しました。開口一番、彼は謝ってきました。<br />「すまない、カレンデュラ。相談もせずに決めてしまって」<br />「それはいいの。ただね、本当にデュボアの息子でいいの。おどされているとか、ない？　ごめんなさい。こんなことを言って失礼よね」<br />　しかし、私の憂慮は、このクロフォード王国の貴族階級に少しでも詳しい者だったら、おおいにうなずいてくれたでしょう。というのは、かつてデュボア家は諜報活動によって王に重宝されていた家柄だからです。「デュボアは、いざとなればこの貴族社会がひっくり返るほどの秘密を抱えているのだ」と、今でもまことしやかに噂されているのです。<br />「ありがとう、カレンデュラ。心配してくれて」<br />　彼は怒ることなく、受け入れてくれました。<br />「あなたがそのように思うのは、無理はないと思う。なんせ、『あのデュボア』だからな。だけど、あいつは……――」<br />　彼は言いよどんでいましたが、意を決したようにこうつけ加えました。<br />「エリオットは、心を入れ替えたんだ」<br />　――心を入れ替えた。<br />「心を入れ替えたんだったら、まったくの別人じゃないの」<br />　ダニエルは、笑い出しました。屈託のない笑顔に、こちらの警戒も緩んでしまいます。<br />「そうだな。まったくそのとおりだ」<br />「笑い事じゃないのよ。ほら、『ギネアの涙』の例だってあるじゃない？　深層の迷宮の魔物に取り憑かれたってことだって」<br />「ごめん、ごめん。茶化したわけじゃないんだよ。だけど、とにかく、俺は、今のあいつがいいんだ。あいつを、俺のそばに置いておきたいんだ」<br />「そう……」<br />　ダニエルが、体面をなにより重んじる大貴族になじめないだろうことは、わかっていました。ずっと平民の気楽な暮らしをしていたかったでしょう。彼にとっては、社交界も舞踏会も、ぞっとする悪夢でしょう。私自身が、貴族でありながら、社交界に溶け込むことができなかったのですから、その気持ちはよくわかります。<br />　そんな彼が、「この人は」と思う相手が見つかったのです。そして「卒業まで」とされていた猶予期間を、引き払ってもいいとさえ思ったのです。<br />「とりあえずは、わかったわ。でもその代わり、今度の夏休みには、その子を連れてきてちょうだい」<br />「……いい、けど」<br />「絶対よ。約束よ」<br />　きっと、見れば、わかると思うのです。目を見て話せば、人づての噂よりも、何十倍も相手が理解できそうな気がします。<br />　応援するかどうかは、そのあとに決めることといたしましょう。<br />

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            <category>番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
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      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/104443103.html</link>
      <title>こちらは</title>
      <pubDate>Tue, 11 Feb 2025 00:00:00 +0900</pubDate>
      <description>ナツ之えだまめというＢＬ小説書きの小説置き場です。主に商業の番外編とか無料ペーパーのものとかを公開することになると思います。転載などはどうかご遠慮下さいませね。</description>
            <content:encoded><![CDATA[
ナツ之えだまめというＢＬ小説書きの小説置き場です。<br />主に商業の番外編とか無料ペーパーのものとかを公開することになると思います。<br /><br />転載などはどうかご遠慮下さいませね。<a name="more"></a>

]]></content:encoded>
            <category>お知らせ</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
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      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/189899774.html</link>
      <title>ハロウィーンには甘すぎる</title>
      <pubDate>Mon, 31 Oct 2022 17:15:48 +0900</pubDate>
      <description>「うなじまで、７秒」「悦楽よりも、深く」の貴船と伊織のハロウィーン------------------------------------------------------</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「うなじまで、７秒」「悦楽よりも、深く」の貴船と伊織のハロウィーン<br />------------------------------------------------------<br /><a name="more"></a>　冬の気配がしている。<br />　もう、十月も終わる。<br /><br />　その日は、珍しく貴船が休日出勤で、伊織が夕食当番になった。伊織が作ると、どうしても自分が家で食べていたようなもの、すなわち日本の、なんてことのない家庭料理になってしまう。<br />　けれど、貴船はそういうものを喜ぶから、まあ、いいかと思い直して、味見の終わったカボチャの煮物の火を消した。<br />　チャイムが鳴った。<br />　きっと貴船だろう。<br />　彼は、ときどき、鍵を持っているのにチャイムを鳴らす。迎えに出てもらえるのが嬉しいのだと言う。<br />　しょうがないなと思いながらも、年下の恋人の甘えが少し嬉しい。伊織はドアをあけた。<br />「おかえり、きふ……」<br />　そこで、動作と声が止まってしまったのは、マントを羽織った黒ずくめの男が、立っていたからだ。プラチナめいた髪と、金に近い瞳。髪はていねいに撫でつけられ、「Trick or Treat？」と訊ねる口元には、牙が見えている。<br />「もしかして……ドラキュラか？」<br />　それにしても、よく似合っている。コスチュームを通り越して、本物のドラキュラ伯爵が降り立ったかのようだ。<br />「今日は、うちの会社でハロウィーン・パーティーだったんですよ。社長が、こういうのが好きなのでね」<br />　そう言って、貴船が入ってきた。<br />　ドラキュラ伯爵がここに立っているという光景が、なかなかシュールだ。<br />「おまえ、そのかっこうで、電車に乗ったのか？」<br />　目立つなんてものじゃなかっただろう。<br />「まさか。ここまで、車で送ってもらいましたよ」<br />「悪いな。菓子はないんだ」<br />「そうですか。じゃあ、いたずらしますね？」<br />「いたずらだけでは、いやだな」<br />　そう言ってから、ふいに恥ずかしくなってしまった。<br />「なにを、言っているんだ。俺は」<br />「耳が、赤いですよ」<br />　貴船の指が耳たぶにからむ。<br />「いただきますね。どんな菓子より、甘い、あなたを」<br />　そう言って、貴船の指はゆっくりと顎まで動き、顔を上向けられ、唇が重なった。<br />

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            <category>うなじまで、７秒-番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/188041844.html</link>
      <title>クレモンの深き嘆き</title>
      <pubDate>Mon, 19 Oct 2020 15:48:58 +0900</pubDate>
      <description>『アルファ同士の恋はままならない』番外編。『クレモンの深き嘆き』です。脇役ですが、クレモンが好きなのです。見開きのペーパーを書くのが久しぶりだったので、ついつい長く書きすぎて、削ることになりました。楽しかったです。J.Gardenは、売り子さんのＭＭさんにお願いしました。「印刷もしますよ」と言ってくださらなかったら、このペーパーは出なかったことでしょう。うう、ありがとうー！だけど、ほんとうは、やっぱり、直接行きたかったですね。自分の仕事のへっぴり具合を鑑みれば、とても無理だっ..</description>
            <content:encoded><![CDATA[
『アルファ同士の恋はままならない』番外編。<br />『クレモンの深き嘆き』です。<br />脇役ですが、クレモンが好きなのです。<br /><br />見開きのペーパーを書くのが久しぶりだったので、ついつい長く書きすぎて、削ることになりました。楽しかったです。<br />J.Gardenは、売り子さんのＭＭさんにお願いしました。「印刷もしますよ」と言ってくださらなかったら、このペーパーは出なかったことでしょう。うう、ありがとうー！<br />だけど、ほんとうは、やっぱり、直接行きたかったですね。自分の仕事のへっぴり具合を鑑みれば、とても無理だったんですが。<br />------------------------------------------------------　<br />　<br /><a name="more"></a>　クレモンは、今の生活に満足している。<br /><br />　元道化者《どうけもの》、社交界の隙間をおもしろおかしく泳ぎわたり、その結果として爵位もいただいたし、愛する妻と二人の子供にも恵まれた。妻は前夫、ミケーレ・リオン・カステリーニと離婚するにあたって、慰謝料として多大な財産を譲られており、彼女と結婚している限り、一生、お金に困ることはない。<br />　だが、ひそかにクレモンは野望を抱いている。<br /><br />　――いつか　マッシモをギャフンと言わせてやりたい。<br /><br />　悲しいほど長いこと、その願いは、かなうことはなかったのだが、とうとう、絶好の機会が訪れた。薔薇の島にマッシモとともに祖父江がやってきたのだ。<br />　彼が一人でいる機会を狙って、クレモンは居室を訪れた。<br />「コンニチワ」<br />　祖父江が驚く。<br />「あ、日本語？」<br />「ソウ。デモ、チョットダケネ」<br />　そう言って、指で少しのジェスチャーしてみせた。祖父江の表情がやわらぐ。<br />　本当は、紗栄子と会話するぐらいには、日本語は得意だ。だが、あまりペラペラであるよりも、拙いくらいのほうが受けがいいのを、クレモンは知っている。<br />　――ほう。<br />　クレモンは感心する。<br />　祖父江は彼方に似ていないと思っていたが、そうでもない。二人とも、こちらの心の奥を見すかすように、まっすぐに見つめてくる。<br />「クレモンさんは、マッシモのおじさんなんですよね。マッシモは、どんな子どもでした？」<br />「可愛かったよ。天使みたいだったね。あと、まあ、モテたね。……おっと、失敬」<br />　そう言って、自分の口を塞いでみせる。だが、祖父江は気にするそぶりを見せなかった。彼は言った。<br />「平気ですよ。マッシモはそういうことを自慢するやつじゃなかったけど、でも、あいつがモテるだろうってぐらいはわかってましたから」<br />「そうか。なら、よかった。なにせあいつは、いちどきに半ダースの女の子を引き連れて歩いたという伝説の男だからね。だけど、彼もとうとう、きみという相手を見つけて落ち着いたわけだ。おめでとう」<br />　そう言ってクレモンが手を差し出し、祖父江はその手を握り返した。そのとき、盛大に居室のドアが開いた。マッシモが肩で息をしている。走ってきたのだろう。<br />「クレモン！」<br />　クレモンは腰を浮かす。<br />「ああ、じゃあ、またね。芳明。お近づきになれて嬉しかったよ」<br />　そう言って、クレモンはその場を去る。<br />「いやあ、楽しみ、楽しみ」<br />　クレモンの足取りは軽い。<br />　マッシモと祖父江の間には一悶着あるだろう。恋のモヤモヤを、マッシモ、おまえもとくと味わうがいいさ。<br />　積年の鬱憤を晴らしたクレモンは爽やかな気持ちでいた。<br />　まあ、翌日までは。<br /><br />　クレモンは庭園で、紙巻煙草を吸っていた。<br />「クレモン」<br />　そうマッシモに呼びかけられて、慌てて煙草を消す。マッシモの姿は見えないが、クレモンは弁解する。<br />「マッシモ。一本だけだよ。それもほら、今、消したから」<br />「ねえ、クレモン。聞いてくれる？　ぼく、悩んでるんだよ」<br />　おう。早くも、二人に不和の嵐が吹き荒れているのか。そうか。それは、聞いてあげないとな。クレモンはにやにやと笑み崩れそうになるのをこらえる。<br />「マッシモ。おまえが悩んでいるなんて、珍しいじゃないか。いいよ。なんでも、このクレモンおじさんに話してごらん」<br />「誰かが祖父江に、ぼくの昔のことを吹き込んだらしくて。ほら、祖父江って、一直線だから。それに、行動力もあるしね。まあ、そういうところが好きなんだけど。今回ばかりは困っちゃったよ」<br />　そう言って、マッシモは深くため息をついた。<br />「お、おう？」<br />　なんだろう、なんでかな。事態は、自分が思ったのとは違う方向に動いている気がする。<br />「祖父江が真面目な顔でぼくに言うんだよね。『俺はマッシモだけだけど、もしかして物足りないか？　もっといろいろ経験しているほうが、いいのか？　だったら、そうしてもいいぞ。ほかの誰かなんて気が進まないけど、おまえのためなら』って」<br />　え。待って。なにそれ。<br />　つまり、経験の多いマッシモに合わせて、自分もこれから経験を積むってこと？　アルファの考えることは、ベータの自分には、まったくもってわからない。<br />「どうして、そうなる……？」<br />「ねえ、そう思うよねえ」<br />　そう言って、薔薇の茂みの向こうから姿を現したマッシモの口元は笑みの形を作っていたものの、目は、まったくもって笑っていなかった。<br />「うひい……！」<br />「もう、ほんとに、誰だろうね。そんなつまんないことを、祖父江に言わせたやつは」<br />　この、若き傀儡師《ワイヤープラー》の、たった一枚の逆鱗にふれてしまったことを、クレモンは悟った。声も出ない。<br />「クレモン。ぼくね、クレモンのことは大好きだよ。ママ紗栄子のたいせつな旦那さんだし、フェルたちのよきお父さんだものね」<br />「そ、そうだな。そうだよな」<br />　そうだ。いくらマッシモでも、身内なんだ、自分は。それをどうこうするわけがない……――という考えは甘いことをすぐに知る。<br />「だけどもし、これ以上、祖父江によけいなことを言うようだったら、容赦はしないよ。旦那さんやお父さんのままだっだら、紗栄子ママやフェルたちが悲しむから、まずは、他人になってもらうところから始めるよ」<br />　ふっと、マッシモは息を吐いた。悲しげなため息が庭園に満ちる。<br />「そんな面倒くさいこと、ぼくだってやりたくないんだ。ぼくの手を煩わせないでね。お願いだよ、クレモン」<br />　言葉を発することが出来ずに、クレモンはかくかくと、壊れたくるみ割り人形のように顎を震わせながらうなずいた。<br />　マッシモは天使の笑みを浮かべた。<br />「ありがと。クレモンならそう言ってくれると思っていたよ」<br />　そう言って、クレモンの右頬に口づけると、マッシモは庭園を去って行った。<br />「こわい……。こわかったよー！」<br />　クレモンはその場でしゃがみ込む。<br />　元社交界の道化者で、爵位持ち。今は愛する妻子がいる。<br />　この幸せを逃さないために、もう二度と、マッシモの不興を買うようなことはすまい。そう、クレモンは決心したのだった。<br />

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            <category>番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/184719236.html</link>
      <title>種子と繁殖</title>
      <pubDate>Fri, 19 Oct 2018 16:19:26 +0900</pubDate>
      <description>Ｊガーデン４５で出したペーパーです。「どうにかなればいい」の二人です。------------------------------------------------------</description>
            <content:encoded><![CDATA[
Ｊガーデン４５で出したペーパーです。<br />「どうにかなればいい」の二人です。<br />------------------------------------------------------<br /><a name="more"></a>　本日晴天。東京ビッグサイトではホビーショーが催行されていた。<br />　ホビーショーは手芸、工芸などに関する展示会だ。今日は一般公開日なので、ビジネスマンだけではなく、学生や家族連れの姿も見受けられる。早川ディスプレイの社長である早川誠二が休日であるのにこの場所を訪れたのは、懇意にしている工房オゴホゴがショーに出展しているからだった。今日は休日なので軽めのジャケットを着てきた。<br />「ああ、あそこか……」<br />　オゴホゴのブースは、予想したとおり人だかりがしていた。<br />　この展示会では、オゴホゴが欧州向けにしか作っていないハロウィンプレートが販売される。それ目当てだろう。<br />　顔見知りの小野口が、めざとく誠二を見つけてくれた。<br />「早川さん！」<br />「小野口さん。ずいぶんと盛況ですね」<br />　小野口が顔の前で手を振る。<br />「いや、そうでもないですよ」<br />「え？」<br />　この人だかりは、じゃあ、なんだというのだろう。小野口は言った。<br />「あんまり人が並んじゃったんで整理券を出したんです。ちょいまえは、申し訳ないくらいにぎゅうぎゅうでした」<br />「じゃあ、今いる人は？」<br />「見るだけ……になっちゃいますね。ハロウィンプレートは、もうデンマークの工房にもないんですよ」<br />　人だかりの先頭は、ディスプレイされているハロウィンプレートをしきりと撮影している。蜘蛛の巣や幽霊の手が配置されたプレートは、相変わらずふれれば呪われそうに禍々しく、そして美しい。<br />「早川さん。桑原さんは今、キッズコーナーに行ってるんですよ」<br />「キッズコーナー？」<br />「ええ。今日は一般日なんで、子どもさんを預かって工作をするコーナーがあるんです。そこで子供らにシリコン粘土を作らせるとかで」<br />　シリコン粘土は、オーブンで焼くと弾力を持ってかたまる性質があったはずだ。工作にはぴったりだ。小野口がぼやいた。<br />「桑原さん目当てにくる業者さんもいるっていうのに、うちの社長はちっともじっとしてなくて」<br />　そこまで言ったところで、呼ばれて小野口は「ごめんなさい」とそちらに行ってしまった。<br /><br />「キッズコーナー……」<br />　ホビーショーの受付で渡されたパンフレットを見ながら、誠二は展示場の一番奥まで歩を進める。キッズコーナーは柵で囲った一角にあった。『シリコン粘土で遊ぼう！　ただし、小学生のお子様に限ります』と、巨大な立て看板に注意書きがしてある。<br />　桑原はすぐわかった。コーナーの隅で子供らに囲まれている。彼はいつだって機嫌がいいが、今はすこぶる上機嫌なのが唇の角度でわかった。<br />　長い髪を後ろで束ね、あぐらをかいてなにかを作っている。そうしながら、子どもたちと話をしている。<br />　立て看板のかげから、彼の様子をうかがった。ここからなら、桑原の声がよく聞こえる。<br />「すげえな、よくこんなに細かく作れるもんだ。あ、もうちょっと強く押しておいたほうがいいぞ。そうそう。くっつけたところは剥がれやすいからな。おまえもいいぞ。いい色だ。混ぜてみるのもいいよな。……って、なんだよ」<br />「大介のひまわり、へん」<br />　そうっと見てみてると、小学校三年生くらいの女の子が桑原の作っている花を指さして文句を言っている。彼が作っているシリコン粘土はひまわりの形をしていたが、その花びらは燃える炎のごとく四方八方に突き出していて色は黄色から深紅、果ては紫までとバラエティに富んでいた。<br />「ひまわりの色は黄色なのよ」<br />　女の子は自分より小さな子どもに言い聞かせるかのようだった。<br />「大介はそんなことも知らないの？」<br />「いいの、いいの。これは、魔界に咲くひまわりだから」<br />　子供があきれたように桑原を見ている。<br />「あのね。魔界なんてないのよ？」<br />　桑原はおもしろそうに彼女に答える。<br />「ないんだ？」<br />「ないわよ」<br />「天国も地獄もない？」<br />「ないわ」<br />「あるぞ」<br />「ないってば」<br />「お嬢ちゃんの、ここに」<br />　そう言って桑原は彼女の額の真ん中を指さした。彼女は慌ててそこを両の手でおおう。<br />「魔界って言ったときも、天国って言ったときも、地獄って言ったときも、お嬢ちゃんにはとっさに思い浮かべたものがあっただろ。それが、そうだよ」<br />「で、でも、それは、空想だもん。ほんとじゃないもん」<br />「たとえば、愛。たとえば、尊敬。たとえば、感謝」<br />　桑原は指を折りながら、彼女に訴える。<br />「それらは実態がないよな。手でさわれないし、あると証明することもできない。それは『ない』のか？　空想の産物か？」<br />「うーんもう、それって屁理屈！」<br />「屁理屈かもな。その、見えないものを、見えるものに変換するのがアートってやつだ」<br />「見えないものを、見えるものに……？」<br />「そうだ。おそらく、みなが違う魔界、違う天国、違う地獄を持っている。それをほかの人間が見ることはできない。お嬢ちゃんの地獄はお嬢ちゃんだけのものだ。だけど、アートは、それをほかの人間に見えるようにするんだ」<br />　私だけの魔界。<br />　私だけの天国。<br />　私だけの地獄を。<br />　見て。<br />　さあ、見て。<br />　さらけだすから、目をそらさずに見て欲しい。<br />　彼の目は笑ってるようでいたって鋭い。本当に魔界があり、魔王がいるののだとしたらこの男こそがもっとも相応しいのではないか。その指をかざし、数々の美しい造形物を作り出して行くがゆえに。<br />　子どもが桑原の迫力に飲まれたように静かになった。<br />「大介」<br />　思わず、名前で呼んでしまう。<br />「お、誠二！」<br />　こちらを見ると、彼の顔がほころぶ。この男はたいていの人間が少年期に置いてきてしまうある種の無邪気さを、いまでも多分に持ち続けている。その心からの喜びの顔を見ると、誠二の胸はきゅんと切なくときめくのだ。<br />　今朝、同じ家から出てきたというのにだ。<br />「ちょっと来い」<br />　近づいてきた彼の耳を引っ張る。輪になったピアスが耳たぶで揺れた。<br />　彼は柵をその長い足で越した。<br />「え、なに。どうしたんだよ」<br />　黙って彼の耳をひっぱったまま、立て看板の背後に回り込む。<br />「いたたたた」<br />「あのな。あんなことを言って、子どもが怯えてただろうが」<br />「怯えてなんかないだろ。証拠に、ほら」<br />　見ていると、女の子はしきりと粘土をこねくり回し、いくつかを組み合わせて考え込んでいた。それはさきほどまで彼女が作ろうとしていたものよりずっと禍々しく、つたなく、だからこそ楽しげなものだった。<br />「……」<br />「粘土で形を作るのって楽しいもんな。魔界とか地獄ならなおさら」<br />　うんうんと桑原がうなずいている。<br />「大介は、子ども、好きか？」<br />「ああ、好きだな」<br />「……結婚、したいか？」<br />　言いながら胸がかきむしられるようだった。ずっとずっと負い目になっていた。桑原の才能は本物だ。自分が惚れ込み、今では世界がそれを認めている。その優秀な遺伝子を世の中に残したい。自分が女だったら、そうしたら。いくらでも子どもを作ってやるのに。この身がボロボロになるまで、彼の種子を蒔き続けるのに。それはかなわない。<br />「してるだろ。おまえと」<br />　そう言って、彼は左手を挙げた。そこには誠二が今胸にチェーンを通してさげているのと同じ、指輪がある。草を編んで作ったようなデザイン。<br />「そうじゃ、なくて」<br />「おまえ、豊臣秀吉、知ってる？」<br />　なにを言いだすのだ。眼鏡ごしに彼をにらみつけてやる。<br />「ばかにしているのか。知っているに決まっている」<br />「じゃ、その部下の子孫のことはわかるか？」<br />「知るもんか。徳川家康や織田信長ならとにかく」<br />「そういうことだよ」<br />　なにがそういうことなんだ？<br />　彼がにやりと笑う。<br />「実際に子作りすることだけが繁殖じゃないってことだ。社会っていう大きな生き物に影響を与えることも繁殖だろ。俺はだれかの心の奥の奥に、色と形を通して存在を染み込ませてやる」<br />　社会的な繁殖。<br />　そんなふうに考えたことがなかった誠二はつくづくと桑原の顔を見る。<br />「それにさ、この粘土を作って楽しさに目覚めただれかが何かを作って、それをまただれかが受け取っていくのも、これもまた繁殖だろ。だから大学の講師を引き受けたし、こういうところにも顔を出してる」<br />　誠二、と、彼は言った。<br />「社会はこれからどんどん便利になるだろう。てことは人間がそれほどいらなくなるってことだ。でも、それでも、何かを作り出すことができるのはやはり人間だけなんだよ」<br />　すげーよな、そう言って桑原は笑った。釣られたように誠二も微笑んで言う。<br />「それで言ったら、大介はものすごい子沢山じゃないか。絶倫だな」<br />「そうだろう」<br />　満足そうにそう言うと、桑原は身を屈めて誠二の顎のところのほくろをそっと舐めた。<br />

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            <category>番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/181905120.html</link>
      <title>久方ぶりのその人に。</title>
      <pubDate>Thu, 21 Dec 2017 21:16:49 +0900</pubDate>
      <description>いただいたお手紙につけた、お礼のペーパーです。「俺が買われたあの夜に。」より。------------------------------------------------------</description>
            <content:encoded><![CDATA[
いただいたお手紙につけた、お礼のペーパーです。<br />「俺が買われたあの夜に。」より。<br />------------------------------------------------------<br /><br /><br /><a name="more"></a>　五十嵐と深井がつきあいだして数ヶ月。<br />　二人して五十嵐の飼い猫、三毛丸のキャットフードやそのほかの買い物をして、肩を並べて……――正確には身長差があるので肩と頭を並べて帰る。<br />　深井は、ふんふんふん、と勝手な鼻歌を歌っていて、ときどき調子が外れていたりして、それを隣で聞いているだけで、五十嵐は口元が緩んでしまう。深井のそれは音楽というよりも、彼の中から湧き上がってくる楽しさや心地よさを歌にしているように感じられる。<br />　こんなにのほほんとしている深井なのだか、夕べの乱れ方はすごかった。<br />　五十嵐が長いことかけて舐めたり、いじったりしていたので、挿入するときには、あんなに小さなところに、普通よりは大きな自分のあれを入れるのにさしさわりなくなっていた。体内が熱く、彼の肌と同じ温度になっていることを、身体を繋げて知った。二人とも、汗びっしょりになった。<br />　事後に身体からこてんと力を抜いて、こちらを見て「すごいいっちゃいました。こんなの初めてです」とか言ってきた深井。<br />　そんなことをされたら、男の征服欲が湧き上がって止まらなくなる。即座に彼をもう一度、布団の上に押し倒してしまった。<br /><br />　小悪魔か！<br /><br />　そんな昨夜の情事の記憶を辿って赤くなったり反省したりを繰り返していた五十嵐だったが、ふと、すれ違った青年が、深井を見て足を止めた。<br />「深井？」<br />「はい？」<br />　名前を呼ばれて、深井は振り返る。それからぱーっと明るい顔になった。青年の顔には覚えがある。深井が辞めた工務店にいた男だ。深井の先輩ということになる。<br />　彼は二人を交互に見比べている。どうして一緒にいるのか、わからないという顔だ。<br />　なんとごまかしたものか。五十嵐は汗ばんでくるのを感じた。だが、深井はあっけらかんと答えた。<br />「俺、五十嵐さんとおつきあいしてるんですよ」<br />「え」<br />　今度は物凄い高速で、何度も何度も見直している。<br />「そうなの？」<br />「はい、そうなんです」<br />「そうなの？」<br />　男は、なにかのＣＭのように「そうなの？」を繰り返している。<br />「それでいいの？」<br />「はい」<br />　深井はへらーっと笑った。<br />「五十嵐さん、とーっても優しいんですよー。」<br /><br />　天使か！<br /><br />　慌てて、深井は彼を紹介する。<br />「加藤さん、ご存じですよね。会社で先輩だった方です。とってもお世話になりました」<br />　五十嵐は、彼に会釈する。加藤はかなり粘ったほうだが、それでも深井を置いて辞めてしまった男だ。あまりいい印象は持っていない。加藤は、五十嵐が荷物を持っているのとか、かがんで話をしている様子を見ていたが、ほーっと肩の力を抜いた。<br />「そっかー。うまくやってるのか？」<br />「はい。今の会社の人はみんないい人ですよ」<br />加藤が謝る。<br />「俺、いい人じゃなかったな。ごめんな」<br />　深井は首を振る。<br />「とんでもないですよ。俺に謝罪なんていりません。あのときにはみんな自分のことでいっぱいいっぱいでしたし」<br />　そして付け足す。<br />「でも、もし、今度なにかあって、困っている人がいて、加藤さんに余力があったら、その人のことは助けてあげて下さいね」<br />「……うん、約束する」<br />「ありがとうございます」<br />　加藤さんはいい人だ、と、深井の顔が言っている。だが、違う。今、加藤の後悔を溶かし、いい人に変えたのは深井なのだ。加藤は次になにかあったときに、けっして逃げずに助けてやることだろう。<br />　深井は強い。<br />　その強さとは腕っ節とか、我を通すとかではない。上等の綿のようにふんわりした、けれどちぎれることのない確かさを持っているのだ。<br />　それは、見ていて小気味よくもあり、同時に、それによって深井が傷つくのではないかと五十嵐が恐れたところでもある。だが、どうだろう。あれから深井は、なおしなやかで強靱になっている。さらには、その強さをほかの人に分け与えることができる。<br />　そして自惚れるわけではないが、そのいくらかは自分の、そう、愛、のせいだろう。そう思うと誇らしくなってくる。<br />　加藤と別れたあとに、またもや響いてくるでたらめな鼻歌。そのリズムが愛しくて、買い物袋を持っていないほうの手で、彼の肩を抱き寄せた。<br /><br />

]]></content:encoded>
            <category>俺が買われたあの夜に。-番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/181542158.html</link>
      <title>あなたは、魔物</title>
      <pubDate>Sat, 11 Nov 2017 17:38:27 +0900</pubDate>
      <description>「うなじまで、７秒」「悦楽よりも、深く」、貴船×伊織、きふささです。貴船の誕生日、１１月１１日に。昔の彼女視点です。------------------------------------------------------</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「うなじまで、７秒」「悦楽よりも、深く」、貴船×伊織、きふささです。<br />貴船の誕生日、１１月１１日に。<br />昔の彼女視点です。<br />------------------------------------------------------<br /><br /><br /><a name="more"></a>　あなたは、魔物だった。<br />　あなたは暗く、救いようのない暗闇を抱えていた。そのままでいたら、どこまでも沈んでしまいそうだった。あなたを救うのは私、このクリスティン・キンブリック。さながら昔語りの乙女のように。そう信じていたのに。<br /><br />　彼の名前はショーン。ショーン・キフネ。<br />　日本名は貴船笙一郎。<br />　私の初恋の人だった。<br />　彼は高校の同級生だった。冴えないやせっぽちのスクールガールだった私を「美しい」と言ってくれた。それは、彼が私を好ましいと思ってくれているからだと、愚かにも私は信じていた。<br />　なんておめでたい女だったのだろう。彼はおべっかを使う男ではなかった。必要がなかったのだ。<br />　そうではなく。<br />　私の体つき、目鼻の位置、頭の形、そういったものからバランスのよさを彼は見抜き、正しく評価してくれただけだった。そこに愛情はない。あるとしたら、不当に泥にまみれているダイヤモンドの原石を拾って輝かせたいという芸術家の業めいたもののみだった。<br />　その当時、私は服なんてどうでもいいと思っていた。ジーンズにＴシャツだった私に、彼は諭すように言った。<br />「服はね、一番あなたに近い『環境』なんだよ。暗い納屋の隅にいるときと、日差しの暖かな春の公園にいるときでは、心持ちがまるで違っているでしょう？」<br />　私の長身にふさわしい着こなし、赤毛に生えるシャツの色、身体に沿ったコートのライン、アクセサリーの見せ方。彼は私にそれらを教え込み、私はそれにこたえた。<br />　率直に言って、彼とつきあった半年のあいだに私は変わった。陳腐な言い方をすれば――そしてそれがもっともふさわしい比喩だった――芋虫が蝶になるように、だ。<br />　ばかなクリスティン・キンブリック。<br />　しかし、それゆえに幸せだった。<br />　あまりに無邪気な初恋だった。<br />　あの頃の私は、彼に愛されていると盲目的に信じていた。<br /><br />　彼は少しずつ私をほぐし、柔らかいものにして、そのうちに愛し合った。違う、間違った。愛し合ったと思い込んでいたのは私だけだ。端的に言えば、セックスをした。彼のやり方は性急ではなく、今思えばあの年頃の男の子とは思えないほどに成熟していた。<br />　とろけるようなセックスだった。それから今まで、あんなに感じたことはない。<br />　いったい、彼はあのときまでに何人を相手にしてきたのだろう。<br />　彼の悪い噂は聞いていた。年上の女性とつきあっているとか、女教師と関係を持っていたとか、近所の母親の友達が手ほどきをしたとか。だけど彼は優しかった。紳士で、とても優しく私のことを見守ってくれた。<br />　私は誤解していた。いや、したかった。<br />　彼とともにある未来を私は描いていた。彼と結婚し、彼の子を産み、一生をかわいがられて過ごす。そして最後には大勢の孫に囲まれて生涯を終えるのだ。<br />　けれど、ときどき彼の見せる目が気になっていた。遠い目。どこか彼方を見つめている。<br />　――ねえ、ショーン。あなたはなにを見てるの。だれのことを思っているの？<br />　輝いて見える人だよ、と彼は言った。<br />　なにそれ。ひとが輝いて見える？　教会でシスターの言っていた聖人のこと？　ばかばかしい。<br />　彼は困った顔をした。そうして、二度とは話してくれなくなった。<br />　――ねえ、ショーン。あなたはなにを見てるの。<br />　私の問いに彼はこう答えるようになった。<br />　――なにも。<br />　あたかも、私には話が通じないとでもいうように。<br />　あのとき、なぜ気がつかなかったのか。彼は私を愛してなどいなかった。さらに言えば、今まで彼が肌を触れあわせただれも、愛していなかった。<br />　女たちと戯れ、愛を受け、それなのに決して愛を返そうとしない。実（じつ）がない。それがあなた。魔物のような男。<br />　あなたの中には空洞がある。それは死へと繋がっている。あなたは満たされることがない。だからこそ、女たちは夢中になった。こちらに、生者の世界にとどめ置こうとして。<br /><br />　でも。<br /><br />「あなたは、つまらない男になったわ」<br />　十数年のときを経て、目の前に座っている男に私はそう宣言する。<br />「そう？」<br />　彼――貴船笙一郎――は暴言ともとれる私の言葉に、たいして衝撃を受けた様子はなかった。<br />　細いストライプのスーツ。淡い色の髪と目。白い肌。胸元の華やかなハンカチーフの色が、彼のあごの線を引き立ている。椅子に姿勢良く座り、傍らには小型のＩＣレコーダーがある。<br />　貴船より、むしろ、私のマネージャーが目を剥いていた。<br />　ここは都内、汐留にあるホテルの一室だ。窓からは昔、この国の王の別邸だった公園が見下ろせる。<br />　私はモデルから女優へとステップアップした。今度の映画では主役を務める。そのプロモーションのために来日した。<br />　日本には彼がいるのを知っていた。人づてに通訳の仕事をしていることも。私は、仕事を始めてから、およそ初めてのわがままを通した。<br />　――ロングインタビュー？　いいわ。ただし、インタビュアーはこちらの指定した人物以外は認めない。<br />「クリス、きみ、おかしいよ。インタビュアーを指名したり、そんなこと言ったり。……すみません。いつもはこんなんじゃないんです」<br />　マネージャーが貴船に言い訳する。<br />「知ってます。じつは彼女は古い知り合いなんです」<br />「え、え」<br />「だから、つい、気安い話し方になるんだと思います」<br />　彼はこちらを見て言った。<br />「あなたが言うなら、きっとそうなんだろうね。ぼくは今のほうが充実しているけれど」<br />　彼は鷹揚な態度だった。<br />　そういうところよ。<br />　昔、私とつきあっていたころのあなたは真っ黒な穴を抱え込んでいたわ。それはおそらく、あなたがあまりに早く知った、生々しい死の手ざわりのせい。<br />　今のあなたはどう？<br />　普通の人間じゃない。<br />　マネージャーが彼にしきりに謝っている。<br />「本当に悪く思わないでください。つまらないなんてとんでもない。最初に拝見したときに、あまりにハンサムなので驚きましたよ。俳優としてスカウトしたいくらいです」<br />　マネージャーの言葉は、冗談だけではない気がした。<br />「ありがとうございます。でも、ぼくなど見かけ倒しですから」<br />　そう言ってさらりとかわす。貴船はこの手の勧誘には慣れているようだった。<br /><br />　インタビューが終わり、内容に関して軽くマネージャーと打ち合わせた彼は、部屋から出て行く。そのあとを、私はついて行く。ヒールで。無言で。<br />　ホテルの廊下、エレベーター、ロビー、ついには表通りまで。彼が立ち止まり、振り返った。<br />「どこまで来るの？」<br />「迷惑？」<br />　彼はためいきをついて髪をかき上げる。<br />「ひとを、待たせているんだ。今日は元々休日で、ぼくの当番だったんだ」<br />「当番？　なんの？」<br />「クリスティン」<br />　胸をときめかせた、その声。ニュージャージーのまだ緑多い、原っぱばかりのその街で、あなたが私を呼ぶ声。<br />　――クリスティン、きみは美しいよ。とてもね。<br />　彼はまた歩き出す。私はついて行く。駅前を通り過ぎ、ビル街のほうに行く。<br />　私の顔を使った広告が、上から見下ろしていた。彼は歩きながら言った。<br />「もう帰りなさい。あの人たちが困っているよ」<br />　あの人たちとは、私の警護をしている男たちだ。少し離れてついてくる彼らは、この街で異質な存在だった。<br />「気が済んだだろう？」<br />　まるで小さな女の子に言い聞かせるような調子だった。そして私は、まるで小さな女の子のようにだだをこねる。<br />「いやよ」<br />「貴船」<br />　道の向こうで、日本人の男の人が彼を呼んだ。<br />　貴船の雰囲気が変わった。柔らかいものをまとった。一刻も早く辿り着きたいというように、早足になる。<br />「伊織さん」<br />　そのスーツの男の人は、カンガルーのように子どもを胸に抱いていた。赤ん坊からようやく脱したくらいの女の子だった。さらに彼は、肩に買い物袋をかけている。<br />「貴船。仕事は終わったのか？」<br />「ええ。すみません。ぼくが当番だったのに、どうしても断れなくて」<br />　貴船が日本にこだわっていたから、私も日本語が少しはわかる。<br />　私は伊織という人が抱えている女の子を見た。それは伊織の子どもなのだろうか。貴船の子にしては日本的すぎる。<br />　子どもは貴船のほうに、喜んで手を伸ばす。貴船は彼女を抱きかかえた。<br />　彼らのあいだに特別ななじみかたがあった。<br />　伊織のバッグからは長ネギがつきでている。そのバッグを伊織は開いて、貴船に見せている。<br />「鴨肉ってこれでいいのか？」<br />「合ってますよ。この時期の鴨は脂がおいしいんです」<br />　伊織が、こちらを見た。<br />　どきどきするほどに漆黒の瞳。<br />　だれなのか、と、貴船に聞いている。貴船は困ったように、けれど端的に正直に私のことを話した。<br />「クリスティン・キンブリック。ぼくが……ニュージャージーのハイスクール時代に……」<br />「ああ……」<br />　私のことを聞いたことがあったのだろう。伊織はすぐに合点したようだ。うなずき、それから私に笑顔で会釈してきた。<br /><br />　ずるい。<br />　そう思った。<br />　全部わかって、そしてそれを許されてしまった。<br />　伊織は私を拒まなかった。<br />　貴船の過去を構成するひとつとして受け入れ、敬意を払ってくれた。<br /><br />　そんなの、勝てないじゃない。<br />　勝てるわけ、ないじゃない。<br />　ものすごい敗北感が私を襲った。<br /><br />「帰るわ」<br />　私はきびすを返す。黒服の男たちが、慌ててついてくる。<br />「さよなら、クリスティン」<br />　貴船の声が背後から響いた。<br />「もう、追わないわ。あのときのあなたはいないもの」<br /><br />　あなたは魔物だった。<br />　けれど、うまれかわったのだ。<br />　血の通った人間に。<br /><br /><br />　貴船笙一郎、お誕生日、おめでとう。<br /><br />　-------------------------<br /><br />　伊織の腕の中で、愛美は眠ってしまっている。柔らかい重みを丁重に、迎えに来た元妻の夫に手渡す。彼はドラムスティックケースをかけた肩をゆすりあげ、寝てしまった子どもをカンガルーのように胸に抱えた。<br />「ありがとうございました」<br />　彼が去ってのち、いきなり貴船が饒舌になった。<br />　違うんです、と、貴船は必死に言いつくろっている。食器洗浄機から皿を取り出し、まだ残っている水気を拭きながら、伊織は黙って彼の言い分を聞いている。<br />　彼女のほうからどうしてもと大島さんにねじこんできたんです。<br />　大島さんにインタビュアーは未経験なのでと断っても、だれでも最初は未経験者なんだよと聞いてくれなくて。<br />　もう彼女のことはなんとも思っていないんです。休日出勤の伊織さんに愛美ちゃんのお迎えを頼んでしまったので、早く帰りたかったんですけど。<br />　あそこまで来てしまったのは、インタビュー会場のホテルが汐留で家の近くだったからで。<br />　ああ、どうしてぼくたちは二つの身体なんだろう。一つだったらこんなことにはならないのに。<br />　伊織はあきれる。<br />　この男は何を言い出すやら。<br />「わかってる」<br />「伊織さん」<br />　伊織は袖をまくったまま、貴船に向き合う。その、色の薄い瞳を見つめる。<br />「いまのおまえには俺だけだとわかっている。昔のことを言ってもしかたないだろう。たしかにあまり褒められたことではないがな」<br />「……」<br />　貴船は可愛いな、と、伊織は思う。伊織のちょっとした物言いで、こんなにもしょげてしまう。<br />「だが、それがあったから、今の貴船なんだろう？　俺はけっこう気に入っているんだが」<br />　ぱっと顔を輝かせる。<br />　吹き出しそうになるのをこらえる。だれが知っているだろう。あのいつも傍若無人ともいえる澄まし顔の下に、こんな少年のようなみずみずしさを持っているなんて。<br />　それを知っているのは、自分だけだ。自分だけで充分だ。<br />「誕生日おめでとう、貴船。今日はふいのことがあったのでなにも用意していないんだが、なにかして欲しいことがあったら言ってくれ」<br />「……いいんですか？」<br />「ああ」<br />　不適に笑ってみせる。<br />「どんなはしたないことでもしてやるぞ」<br />「……あの、じゃあ」<br />　なんだろう。言いよどんでいる。貴船でさえためらう、すごいことなのだろうか。<br />　意を決したように、彼は言う。<br />「抱きしめてください」<br />　抱きしめてくれ？<br />　これだから。<br />　伊織は、とうとう笑いだす。<br />　恥ずかしげにしている貴船が愛しすぎる。<br />「お安いご用だ」<br />　その身体に、そうっと腕を回してやった。温かさが伝わり、自分の想いが体温にのって彼と混じり合う。<br />　伊織は歌うように言う。<br />「二つの身体のほうがいいな」<br />「なんでですか？」<br />「そのほうがずっと楽しいから」<br />　そう言って、伊織は貴船の頬に口づける。<br />　手練れの貴船の指が、今度こそ伊織の身体の奥の熾火をあおるように背骨にそってうごめき出した。<br /><br />

]]></content:encoded>
            <category>うなじまで、７秒-番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/174904127.html</link>
      <title>あなたがいること</title>
      <pubDate>Thu, 14 Apr 2016 16:03:29 +0900</pubDate>
      <description>お久しぶりの更新です。J.GARDEN40のペーパーです。「うなじまで、７秒」「悦楽よりも、深く」、貴船×伊織、きふささです。読み返すとどこまでいちゃついてるんだかと恥ずかしくなりますね。そんな二人です。------------------------------------------------------</description>
            <content:encoded><![CDATA[
お久しぶりの更新です。<br />J.GARDEN40のペーパーです。<br />「うなじまで、７秒」「悦楽よりも、深く」、貴船×伊織、きふささです。<br />読み返すとどこまでいちゃついてるんだかと恥ずかしくなりますね。そんな二人です。<br />------------------------------------------------------<br /><br /><br /><a name="more"></a>　夕ご飯の揚げ出し豆腐に箸を入れながら、伊織はふと思いだした。<br />「今年もそろそろ祭りが近いんだな。公園の近くに、しめ縄が張られていた」<br />「ああ、そうですね。もうそんな季節だ」<br />「今年はなにも頼まれなかったら、一緒に夜店を冷やかしに行くのもいいな」<br />「そうですね」<br />「でも、貴船が行くと、きっと賑やかになるだろう。特に女性が」<br />「否定はしません。それより僕は、あなたと屋台の店番をしてみたいですね」<br />「本当か？　大家さんに言ったら、喜ぶぞ。ああ、でも、きっと心配する。貴船さんは日本語ができないのにって」<br />　言って、二人して笑う。<br />　――日本語が不自由で心細い。<br />　そう言ってしまった手前、大家さんに相対するときに貴船は無口になりがちだ。あまり話すと、非常に流暢な日本語を話すことがわかってしまう。<br />「きっと僕は、あれから日本語の特訓をしたんですよ。だから大丈夫」<br />　伊織はくっくっと笑って、自分のぐい呑みに日本酒を注いだ。それからしばらく瓶を眺めて、冷蔵庫にしまう。<br />　貴船が意外そうな顔をした。<br />「もう、いいんですか？　明日は休日ですよ」<br />「うん、いいんだ。このところ、量を過ごしていないとはいえ、毎晩飲んでいたからな。これで終わりにする。それで、来週にはおまえと一緒に禁酒の日をもうける」<br />「珍しいですね。あなたがそんなことを言うなんて」<br />　そう言う貴船は、ちゃんと量を自制している上、週に二回は禁酒の日を作っている。<br />「健康に気を遣おうと思って」<br />　貴船の表情が曇ったので、伊織は慌てて否定する。<br />「そうじゃない。このまえの健康診断で、何かあったわけじゃないんだ。結果は良好だった」<br />　ほっとしたのだろう、貴船の肩が落ちる。<br />「そうじゃなくて、俺は貴船より一日でも長生きしようと心に決めたんだ」<br />　貴船が聞き返す。<br />「それはまた、どうしてなんですか」<br />　伊織は思いだしていた。<br />「一度、ひどい孤独に苛まれたことがあった。貴船が記憶をなくしていたときだ。そう、松山に行く前日。おまえが部屋からいなくなったとき」<br />　今考えても、最低、最悪の晩だった。<br />「ベランダから見つめた夜の町が、やけに楽しそうに見えた。そこにいっそここの階から、飛び込んでいきたかった。自分がどことも繋がっていない気がして、しーんと冷たくなっていくんだ。あんなのは、後にも先にも、あのときだけだったけどな」<br />　たぶん、と伊織は続ける。<br />「あれが貴船が、俺と会う前に見ていた世界なんじゃないかと思う。貴船はときどき言っていただろう？　どことも繋がっていなかったと。もし、そうだとしたら……――あそこがかつての、俺のいない貴船の世界なんだとしたら、あんな寂しいところにおまえを置いていけない。そんなことにはさせない」<br />　自分の言っていることはおかしいだろうか。<br />　とんでもない、見当違いを言っているだろうか。<br />　そういぶかしんだ伊織だったが、目の前の貴船は、これ以上ないほどに晴れやかな顔をしていた。<br />　彼は言った。<br />「それを聞いて安心しました。僕は、あなたのいる世界に、これからずっといられるんですね」<br />　貴船は、箸を上手に使う。煮豆を摘みなから、彼は言う。<br />「父親が死んだとき、世界は終わったんだと思いました。なにもかもが、おしまいになってしまったんだと。でも、幼いショーンに言って聞かせたい。今、おとうさんの国ではもう、佐々木伊織というひとが生まれていて、将来、おまえは彼に出会い、また、新たな人生が始まるから、と」<br />「……たいへんだったな」<br />　そう言うと、彼は極上の笑みを見せて、殺し文句を放ってくれた。<br />「でも、あなたに会えたので」<br />　あなたに会えて、よかった。<br />　あなたに会えて、再び歩き出せた。<br />　あなたに会えて、人生は至福のものとなった。<br />「貴船が嬉しいと、俺も嬉しい」<br />「じゃあ、あなたはずっと嬉しいままです」<br />　想いは、まるで雪玉のように、自分たちの間を行ったり来たりする。そのたびに、のせて、返して、そうして大きくなっていく。<br />　伊織は手を差し出した。テーブルの向こうの貴船も差し出して、手のひらをあわせ、指を絡ませる。<br />　その感触のくすぐったさにたえきれず、伊織は笑いだす。つられるように貴船もまた、笑い始める。<br /><br />

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            <category>うなじまで、７秒-番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/172525004.html</link>
      <title>週末リモンチェッロ</title>
      <pubDate>Fri, 22 Jan 2016 15:37:49 +0900</pubDate>
      <description>「うなじまで、７秒」の番外編。フルールさんのフェアに掲載されたもの（許可をとっています）。甘いリモンチェッロ。それよりも甘いもの。------------------------------------------------------</description>
            <content:encoded><![CDATA[
「うなじまで、７秒」の番外編。<br />フルールさんのフェアに掲載されたもの（許可をとっています）。<br />甘いリモンチェッロ。それよりも甘いもの。<br />------------------------------------------------------<br /><br /><br /><a name="more"></a>　ここまで酔った貴船（きふね）を初めて見る。<br />　しまった、こんなに飲ませるのではなかったと、伊織（いおり）は深く後悔をする。<br />　だって、思わないじゃないか。<br />　まさか、彼が、こんな酔い方をするなんて。<br /><br />　二ヶ月ほど前。貴船が、イタリアに里帰りした同僚の土産だと言って、伊織の家に「リモンチェッロ」という酒を持ってきてくれたことがある。小さなボトルには青い地中海に白い鳥、そして黄色のレモンと赤い花が描かれていた。中に入っていたのは、ライトイエローのとろりとした液体。含むと、まるでシロップのように甘く、レモンの香りが口中に満ちた。おいしくはあったのだが、その酒は伊織にはあまりにも甘すぎた。<br />　ただ、あのレモンの香りは捨てがたい。いっそ家にあって持て余しているウォッカで漬けてみたらどうだろうと思いつき、ネットで調べて、国産レモンの果皮をピーラーでていねいにこそげて漬け込み、砂糖液をレシピよりかなり控えめに加えてみた。<br />　そして今日。休日。昼食のあと。<br />　いつものように部屋に来ていた貴船にダイニングテーブルで味見してもらったところ、「おいしい」とお墨付きをもらったので、ほっとした。<br />　問題はそこからだ。<br />　彼にしては珍しく、小さなグラスで何杯もおかわりをした。<br />「本当においしいよ、伊織さん。伊織さんがこの手で漬けてくれたんだと思うとよけいに」<br />　指先に頬ずりされる。貴船はふふっと笑うとリモンチェッロをまた口に含み、陶然とした表情で言った。<br />「レモンと砂糖があなたなら、僕はウォッカになりたいな。あなたが全部僕に溶けてしまえばいいのに」<br />　伊織はリモンチェッロの瓶を倒しそうになった。<br />　酔っている。彼は、酔っているのだ。ウォッカは三十五度。砂糖液の量が少ないのでアルコール度数はほぼそのままだ。<br />「き、ふね……」<br />「はい？」<br />　彼はご機嫌で手を伸ばしてくる。伊織の黒髪を、よく手入れされた指が梳いた。<br />「どうしてあなたは、こんなに可愛いんだろう」<br />　冗談で言っているのなら笑えるものを、彼はこのうえなく真剣だ。伊織はテーブルに頭を打ち据えたくなった。<br />「あれ？」<br />　貴船が手を止めると、今度は己の額を押さえた。<br />「おかしいな。なんだかふわふわする」<br />　ようやく自分が酔っていることに気がついたらしい。<br />「ちょっと待っていろ」<br />　伊織はベランダに赴く。今日は天気がいいので客用の布団を干してあった。敷き布団を持ち上げると、和室に広げる。<br />「貴船」<br />　和室からダイニングの彼を差し招く。<br />「ここに横になったほうがいいぞ」<br />「うん」<br />　おとなしく彼は、布団に近づいてくる。そして腕の中に伊織を巻き込んで、横たわった。<br />「貴船」<br />「伊織さんも一緒に寝ようよ」<br />「俺は別に眠くないし酔ってもいない」<br />「ねえ、いいでしょう？　子守歌を歌ってあげるから」<br />　背中をぽんぽんと軽くはたかれる。貴船は目を閉じて小声で歌を口ずさみだす。日本語でも英語でもない。不思議な、音の連なり。<br />　やがて、貴船の声が途切れた。背中の手も、止まっている。そっとその腕をほどいて抜け出そうとすると、ぱちっと彼が目をあけた。<br />「行かないでください」<br />　彼の懇願はあまりに純粋だった。この男はどこまでもあどけない、胸痛くなるほどの幼さをそのうちに抱えている。<br />「僕は、伊織さんが好きなんです」<br />「うん」<br />　されるがままになりながら、伊織の視線は天井を漂う。こういう直截な愛の言葉の告げられ方には、未だに慣れない。しかも、昼間。明るい和室ときたら、なおさらだ。<br />「愛しています」<br />「うん」<br />　嬉しくないことはないのだが、それよりも、どうしていいのかわからず、戸惑う。そんな伊織の気持ちも知らず、貴船はいつになく絡んでくる。<br />「わかってます？」<br />「うん」<br />「ほんとに？」<br />「ああ」<br />「ねえ、伊織さん」<br />　貴船はそのすべらかな頬を伊織の首筋に押しつけてきた。猫が主人に対するような甘えたしぐさだった。<br />「どうしよう。日ごとにあなたが愛しくなるんです。お付き合いを始めたときより、もっとずっと今のほうがあなたを好きになっている」<br />「そうか。それはよかった」<br />　つい、素っ気ない返事をしてしまう。<br />　だって、貴船にふれられているのだ。意識をそらせていないと、春を迎えた種子のように伊織の欲望が芽吹いてしまう。<br />「伊織さんの匂い……」<br />　くんくんとかがれて身を引こうとすると、「逃げないで」とやんわりと、しかし断固として引き戻される。<br />「あなたに拒まれると、悲しくなるから」<br />　そんな目で見ないで欲しい。<br />　ここで、この部屋で。弟を泊めたときに、貴船に挑まれ、はねのけた。そのときに見せた貴船の傷ついた顔は、今でも思い出すことができる。<br />「それは、すまなかった」<br />　あのときのぶんも含めて謝罪の言葉を口にする。<br />「知ってました？　僕は、あなたに微笑んでもらうためだけに生きているんです」<br />　白い麻のシャツから覗く首筋から貴船の匂いがしている。手のひらで背中を撫で下ろされる。羽毛でくすぐられるかのごとき肌への刺激に、次第に身体が耐えられなくなる。<br />　貴船はただ無心に、母親の乳を吸う赤子のように、伊織の肌を楽しんでいるというのに、自分は、正確には自分の中にある官能は、主人の顔色を窺いながらミルクの周りをうろうろしている子犬のように、彼に愛撫されることを望んでいる。<br />　もう、いい？　ねえ？<br />「伊織さん？」<br />　貴船がちょんと眉の間をつつく。<br />「どうしたの？　難しい顔してる」<br />「いいか？」<br />「うん？」<br />「そろそろ台所に行ってもいいか？　瓶とグラスを片付けてこないと」<br />「だめです。ここにいて」<br />　貴船がぎゅうと抱きついてきた。ふっとその動きが止まる。彼の色素の薄い瞳が、自分を見つめた。<br />　そして、蕩けるような、笑みを浮かべる。<br />「ああ、伊織さん。あなた……――」<br />　知られてしまった。なんとか穏便に逃れようとしたのに、彼に知られてしまったのだ。<br />　貴船が体重をかけないように、こちらに覆い被さる形をとる。<br />「ここ？」<br />　耳たぶを軽く噛まれ、つっと、ごく軽く、彼の右手の指の腹が、伊織のチノパンの前立てを撫でた。<br />　ほんの、ひと撫で。それだけだったのに。<br />　伊織はびくりと身体を震わせる。<br />「あ、あ。嘘……」<br />　どれだけ自分は貴船の指が好きなのだろう。今ので、いとも簡単に、薄絹が端から裂かれたように、あっけなく達してしまった。下着とチノパンに、放った粘い液がじわりと滲んでいくのを感じる。<br />　貴船は満足げに微笑んでいる。<br />　たいがいの恥ずかしさには慣れていたつもりだった。<br />　でも。こんな昼日中に。一方的に欲望を募らせて、達してしまうとは。<br />　なんて、はしたない。<br />　両手で顔を覆う。<br />「顔を、見せて。伊織さん」<br />「いやだ」<br />「ちゃんと、ほら、ね？」<br />「いや」<br />「なんで？」<br />「恥ずかしい、から」<br />「僕のせいでそうなったんだよね。だったらよけいに、見たいな」<br />　すっと耳元に貴船の唇が寄る。<br />「見せて、伊織」<br />　初めて名前を呼び捨てにされた。驚いたあまり、力が抜けたところを、彼に手を外される。おそろしく整った顔が、笑みを含んでこちらを覗き込んでいた。<br />　唇が重なる。<br />　かすかにレモンの味のする舌に忍び込まれて、伊織の口中に唾液が満ちてくる。これから起こる美味しいことを、とてもよく知っているみたいに。<br /><br /><br />

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            <category>うなじまで、７秒-番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/171368236.html</link>
      <title>天気のいい、冬の日だから。</title>
      <pubDate>Wed, 06 Jan 2016 12:33:11 +0900</pubDate>
      <description>寒いですね。温かなお話をどうぞ。「俺が買われたあの夜に。」のそのあとの二人です。------------------------------------------------------</description>
            <content:encoded><![CDATA[
寒いですね。<br />温かなお話をどうぞ。<br />「俺が買われたあの夜に。」のそのあとの二人です。<br />------------------------------------------------------<br /><br /><br /><a name="more"></a>　五十嵐の家は一軒家だ。東京都のど真ん中なのに、どこの駅からも離れている。そのうえ狭い路地に面しているため、マンションが建てられない。そのせいで、このへんの開発は取り残されているのだと五十嵐は説明してくれた。<br />「そうなんですかあ」<br />　深井の声は間延びしている。<br />「だからこんなにすてきな縁側があるんですねー」<br />　真冬なのに暖かくて風はない。そのうえあまりに天気がいいもので、ガラス戸を開け放ち、ふたりして縁側に寝ころんでいた。庭の蝋梅（ロウバイ）が、まるで透き通りそうな、作り物めいた小さな黄色い花をいっぱいにつけている。五十嵐は背後から深井の身体を横抱きにして、腹を撫でてきた。<br />　背中と腹に五十嵐の熱を感じて、くすぐったい温かさに芯まであたためられていく。<br />「昨日、大丈夫でした？」<br />　五十嵐の気遣う声色に「なにが」と不思議になって返せば、「その、かなり、無理をさせてしまったんじゃないかなって」。そう言ってから五十嵐の体温があがったのが、背中にじわりと伝わってくる。<br />「ああ」<br />　深井はくすっと笑う。<br />「だって俺、言いませんでした？　『もっと』って」<br />　昨夜、一週間の空白を埋めるみたいに抱き合った。その中で何度も深井はねだったのだ。もっと、もっと、と。<br />　もっと奥まで、もっと激しく、もっと続けて。終わらないで。何度も何度もして。抱きしめて。離さないで。<br />「ああいうときって、ほんとに『もっと』って口にしちゃうんですね。初めて知りました」<br />　ぴくりと五十嵐の手が止まった。わずかに身じろぎする。それから腹を、彼の指がくすぐってきた。今までとは違う、こちらを窺うような動きだった。<br />「あ……」<br />　深井は快楽の予兆にさらされる。五十嵐の、その指で高められた記憶が身体を欲情へと駆りたてる。板塀の向こうに人が通るかもしれないのに。なんて不埒な。だけど、拒みきれない。<br />　だが、それに水を差したものがある。<br />　にーにーとか細い声をあげて二人の間に身体を割り入れようとするもの。<br />　まだ子供の三毛猫だ。<br />「ごめん、ごめん」<br />　深井は子猫に謝った。<br /><br /><br />　この子猫が五十嵐のうちにきたのは、深井が遊びに来ていた雨の夜のことだ。<br />　縁の下でか細く鳴いているのを五十嵐が保護して獣医に連れて行ったのだが、そのときのことを思い出すと笑いたくなってしまう。<br />　五十嵐は子猫の必死にあらがいに顔は傷だらけだし、這いずり回ったせいで泥だらけだし、猫を助けようとがあまりに真剣な顔をしていたものだから、女性の獣医さんは悲鳴を上げてドアを閉め、もう少しで警察を呼ばれるところだっただ。<br />「違います、子猫を見てほしいんです、弱ってるんです！」<br />　深井が声を張り上げて訴えると「ね、猫？」とようやくインターフォンから返事がかえってきて、五十嵐が手の中でタオルにくるまったそれを捧げると「猫……」と震えながら出てきてくれた。<br /><br />「だってきみ、顔恐いんだもん」<br />　そう言いながらも獣医さんは弱っている子猫を保温器に入れ、子猫用のミルクを与えてくれた。<br />「五十嵐さん、五十嵐さんね。猫ちゃんの名前はなにかな？」<br />　しばらく考えた末に、深井が提案する。<br />「三毛丸はどうですか」<br />　三毛丸というのは、今流行しているアニメ、「忍者三毛丸」の主人公猫の名前だ。<br />　五十嵐が賛成してくれたので、晴れて子猫は「五十嵐三毛丸」というじつにかっこいい名前になったのだった。<br /><br /><br />「おいで、三毛丸」<br />　深井は手を伸ばす。子猫はしばらくこちらを見ていたが、不承不承というように二人の身体から降りて、深井の手のうちに収まった。その上から、さらに五十嵐の手が重なる。体温に抱き寄せられ、さらにこの手に抱いている。<br />　子猫はごろごろと喉を鳴らしている。<br />　自分もそうしたい。この日だまりの心地よさを伝えたい。<br />　三毛丸に習うことができたらいいのに。そう思いながら深井は、とろりと、極上のうたたねに陥っていった。<br /><br /><br />

]]></content:encoded>
            <category>俺が買われたあの夜に。-番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/169853203.html</link>
      <title>夢にうつつに</title>
      <pubDate>Mon, 14 Dec 2015 06:08:57 +0900</pubDate>
      <description>フルール文庫ブルーライン「囚愛契約」から。長嶺と高良の想い合って初めての週末のおはなし。-----------------------------------------</description>
            <content:encoded><![CDATA[
フルール文庫ブルーライン「囚愛契約」から。<br />長嶺と高良の想い合って初めての週末のおはなし。<br />-----------------------------------------<br /><br /><a name="more"></a>「夢にうつつに」<br /><br /><br />　想いが通じ合って、初めて「契約」じゃないセックスをした。<br />　無我夢中だった。ともに朝食をとった。<br />　そしてその週末……――<br /><br />「こんばんはー」<br />　金曜の夜、高良（たから）は長嶺（ながみね）の家に帰宅する。肩には大きめのバッグをかけていた。中には二泊三日のお泊まりセットが入っている。会社を出ようとしたところを柴田（しばた）に見つかってしまい「ご旅行ですか」と笑顔で問われ、「まあ、そんなところ」とごまかしてここまで来た。<br />「いらっしゃい」<br />　今日は玄関先の灯りがついていた。だから長嶺の顔がよく見える。いつも厳しい顔をしている彼の口元が、高良の訪問に緩んでいる。それだけで胸がきゅんとした。<br />　――ああ、俺、こいつのことが好きだなあ。<br />　改めて思う。<br />「そういえば合い鍵を渡すの、忘れてましたね」<br />　並んで廊下を歩きながら、そんなことを言われた。<br />「あ、そうだよな。もらえると嬉しいかな。ここに来ればいっつも長嶺がいると信じ込んでたけど」<br />「それは……」<br />　長嶺が言いよどむ。少し耳の先が赤くなっている。<br />「俺が、あんたが来るときは家にいるようにしてたからですよ。少しでも……一緒にいたいから……」<br />　口ごもりながらの言葉にずぎゅんときた。<br />「……そう、なんだ」<br />「はい」<br />　なんなんだろう。さっきから落ち着かない。<br />　どういうわけだか気恥ずかしい。<br />　リビングに足を踏み入れれば、高良の気持ちを察したのか、長嶺の飼っている小さな魚たちもいつもより多く水槽の中でターンを繰り返している気がする。<br />「あー、長嶺。俺、風呂に入ってくるわ」<br />「あ、じゃあ、俺、湯を張ります」<br />「わかるから平気」<br />「そうですか」<br />「うん」<br />　バスルームに行ってバスタブの栓をし、給湯のスイッチを入れようとしたところで高良はうずくまる。<br />　なにこれ。<br />　俺、今、めちゃくちゃ緊張してる。<br />「いや、だって長嶺だよ。相手は」<br />　かつて自分の下で何年も働いていて。そんで、一週間の「契約」の間に色々すごいことしてきて。たぶん長嶺にはこの身体のどこもかしこも見られている。<br />　つむじの場所も、耳たぶの形も、鎖骨のくぼみも、それから。ペニスとか乳首とか臍（へそ）とか。さらには。<br />　高良は両手で顔を覆った。<br />　秘められて、奥深い部分。ふだん自分じゃ見えないところ。……――その、中まで。<br />　ドアが開いた。<br />「先輩？」<br />「あ、あああっ！　はい？」<br />　長嶺にいきなり声をかけられて、高良は直立不動の姿勢になる。<br />「な、なに？　なになに？」<br />「なにって、あんまり遅いから……――。お湯も張らないでどうしました？」<br />「どうって……。いや、別に、どうも」<br />　なんだろう、これは。この感情は。<br />　バスルームの床は洗面所よりほんのちょっと低くなっていて、いつもより長嶺を見上げることになる。そのせいだろうか。それともこの前セックスしたときに抱き合い、溶けてしまったからなのか。なんだか今も自分の中に長嶺がいて、それにくすぐられているみたいだ。<br />「……先輩？」<br />　もうだめ。俺、倒れそう。<br />「どうしたんですか、先輩」<br />「だって、おまえ、かっこいいんだもん」<br />「は？」<br />「知らなかったわ。おまえってすげえかっこいいのな。肩ががっちりしてて。声もいいし」<br />「何言ってるんですか、あんた。なんか変なもん食べた……――わけはないですよね。風邪でも引いたんですか。いつも丈夫だから気がつきませんでしたけど」<br />　熱を計ろうというのだろう、長嶺が手を伸ばしながら一歩近づいてきた。高良は思わず一歩退く。しまった。彼がたいそう傷ついた顔になってしまった。<br />「俺が、恐いですか？」<br />　長嶺は静かに聞いてきた。高良は戸惑いながら返答する。<br />「恐くない、けど、恐いかもしれない」<br />「どっちなんですか」<br />「なんだかこう、今まではさあ、表面で付き合っていたのに、剥き出しのままになって、全部がびんびんに響いて、止まらなくて。だから恐い」<br />　風呂に入ったら、そのあとには、また、するんだよな。するよな。だって、俺たちは、お付き合いしている、ちゃんとした恋人同士なんだから。<br /><br />　……――恋人。長嶺が。俺の。<br /><br />「長嶺」<br />「は、はい？」<br />「旅行に行こう。今から」<br />「は？　もう夜ですよ？」<br />　高良は風呂場から出ると、スマホを手に検索し始めた。<br />「いける。箱根の旅館でレイトチェックインやってるところがあって、部屋あいてるらしい。これから品川駅に出て小田原まで新幹線を使えば今日中に着く」<br />　スマホで確認しつつ、携帯で連絡をとる。そうしながら、持ってきた自分のバッグのジッパーをあけた。<br />「長嶺もここに荷物いれて。パンツとシャツと靴下」<br />「え、そんな突然」<br />「いいから。さ、行こう」<br />　長嶺は不審げな顔をしていたが、逆らわずに支度を始めた。<br /><br />　週末のせいか、品川駅は予想したより賑やかだった。人混みの中に出ると高良は少し安心する。二人して新幹線に並んで座り、席のトレイをセットして、買ってきたものをその上にのせた。<br />「なんですか、これ」<br />「やっぱさ、新幹線といったら冷凍ミカンだろ」<br />「品川から小田原まで三十分もかからないんですけど」<br />「いいから。がんばって食べる」<br />　剥いた冷凍ミカンを口の中に入れた長嶺は、冷たいと顔をしかめている。彼は高良に尋ねてきた。<br />「いったいどうしたんですか。急に」<br />「記念、ていうか。今日は、その、特別な日だろ」<br />「特別な？」<br />「うー」<br />　高良はそっぽを向いて、窓の外を見る。都心のビル街の夜景が過ぎていく。<br />「俺史上最高にすごい日なんだよ。だってさ。これからずっと一生、一緒にいようってくらい好きなやつと、今夜、その……ナニをするんだぞ。もう、なんかしないとどうにもなんない気分なんだよ」<br />　長嶺は不思議そうだった。<br />「前回は、ノーカウントですか」<br />「いや、あのときはさ。なんていうのか。もう、とにかく必死で。今日は余裕があるから、だから。なんかさ。なんか」<br />　顔を背けたままでつぶやく。<br />「……恥ずかしい……――」<br />　長嶺がミカンを飲み込んだ音がやけに大きく響いてきた。<br />「……先輩」<br />「なんだよ」<br />「『特別な記念旅行』なんて、なんだかハネムーンみたいですね」<br />「ば……っ」<br />　そんなわけないだろうと否定しようとしたが、真っ向から長嶺を見てしまい慌てて目を逸らす。<br />　なんてことを言うのだろう、この男は。<br />　それなりに女性経験のある、三十も半ばのおっさんの頬を、あっという間にこんなに熱くしてしまうとは、長嶺は恐ろしいやつだ。<br />　もっと恐ろしいのは、彼の言うことがそんなに的外れでもないということだ。なるほど、これからともに生きようと決意したカップルの、初めての旅行ならハネムーンだ。<br />　……――うーわ。うーわ。<br />　相変わらず長嶺の存在を強く意識したまま、品川を出た新幹線はとっとと小田原に着いてしまった。<br /><br /><br /><br />　箱根湯本駅からぎくしゃくとタクシーに乗り、ぎくしゃくと宿に着いた。この遅い時間のチェックインに仲居さんが眠たげな顔をしていたが、心づけを若干はずむと現金なことにしゃっきりと笑顔になった。<br />　ここの旅館は山の斜面に位置している。窓際には椅子が二つ並べて置いてあり、繁華街の灯りが眼下に見えていた。<br />　この時間、露天風呂のある大浴場はもう閉まっていて、部屋の風呂に入るしかない。<br />「一緒に入らないんですか」ととんでもないことを言いだした長嶺を制して、覗いたら怒ると言いおいてから高良は先に入った。これから長嶺が舐めたりさわったりすると思うと、清めずにはいられず、ていねいに洗っていたのでずいぶんと時間がかかった。続いて入った長嶺を、心静かに待つ。<br />「お待たせしました」<br />　出てきた長嶺の浴衣姿が決まっていて、高良は見とれる。親御さんにしつけられているのだろう、寝間着の浴衣の着付けが自分のようにだらしないことなどなく、きちっと収まっている。<br />「長嶺」<br />　彼の手を引く。<br />　隣室のふすまをあけると布団が二つ、並べて敷いてあった。片方の上に座る。手招きして、長嶺も座らせる。<br />「えっと」<br />　三つ指、人差し指と中指と薬指を肩幅の位置についてみる。それから、なんだか違うことに気がついて、両手の指を揃えるようにしてみた。これだ。<br />　深々とお辞儀をする。<br />「ふつつか者ですが、末永くよろしくお願いします」<br />　目を上げれば、長嶺が泣きそうにこちらを見ていた。彼はすっと後ろに下がると、高良同様、深々と礼をする。<br />「こちらこそ。今まで色々すみませんでした。もうあんな乱暴なことは決してしないので、ずっとそばにいてください」<br />「うん」<br />　ぎゅうっと想いがこみ上げてくる。<br />「うん……！」<br />「キスしても、いいですか」<br />「あのさ、断らなくてもいいんだよ。おまえのもんなんだから」<br />　そう言うと、彼はとても嬉しそうな顔をした。<br />　唇が重なってくる。<br />　長嶺は、こういうキスをする。ほかの誰ともしたことがないキスだ。高良のことがだいじでしかたなくて、何にも代えられないと訴えているキス。<br />　神聖なものにするみたいで。こうされると、自分がとても素晴らしくて、だから、大切にしないといけないと思えてくるような、そんな口づけ。<br />　長嶺の手が高良の背を支えて、緩慢に布団の上に横たえた。<br />「あのさ、長嶺」<br />　高良はつまさきで布団をさぐる。長嶺の浴衣の袖を握る。<br />「あの、俺、変なんだ。さっきから」<br />「え」<br />　長嶺に顔をしかめられたので、彼に誤解させたことを悟る。<br />「そうじゃなくて。具合悪いとかじゃなくて。違う」<br />　うまく言えない。こういうことは今まで訴えたことがない。<br />「俺、ずっと自分のこと、デリケートって単語からは一番遠いところにいると思ってたの。でも、今日はなんだかとっても柔らかいものになったみたいなんだ」<br />　プリンとか、水ようかんとか。スプーンの背でさわるとふるふると揺れるもの。<br />　恋愛に一喜一憂するなんてばかばかしいことだと笑っていたけれど、こんな気持ちならしようがない。感度がよくて、弱々しくて、へたにさわれば壊れて崩れそう。<br />　知らなかったんだ。誰かと心から愛し合うためには、こういうところをさらけださないといけないなんて。<br />「俺ってこんなにシャイで繊細なところがあったんだな。ずっと図々しくてふてぶてしいと思ってたんだけど」<br />「自分で言いますか」<br />　そう言って長嶺が口の端をあげるその動きだけで、震えがきている。<br />　高良は必死の思いで彼に手を伸ばす。<br />「長嶺。おまえの顔をもっと近くで見たい。見せて。俺の、男の顔を」<br />　今まで自分は、どうしてこの男と平然と身体を重ねることができたのだろう。<br />「俺、おまえにときめいちゃってるんだ。どうよ。どう思う？」<br />「嬉しいですよ？　俺は、ずっとそうでしたから」<br />　長嶺の手が、高良の頬に伸ばされてきた。彼はこういうときのふれ方を、熟知していた。安心して身を任すことができる。きっと彼自身がもろいところを持っているせいだ。そして今までずっとそこを掻き毟られていたせいだ。おもに、自分によって。<br />「ごめん、ごめんな」<br />「え、なんですか。なんであんたが謝ってるんですか？」<br />「今まで、俺、長嶺のこと、傷つけた。こんな柔らかい部分を、平気で引っ掻いてた。わざとじゃないけど、ほんとにごめん。もうしないから」<br />　でも、長嶺は傷つけないで、俺に優しくしてと、卑怯な自分は懇願する。<br /><br />「つらい？」<br />　キスをしたあと長嶺が聞いてきたので、素直に「うん」と返事をする。<br />　うん、つらい。感じすぎて、つらい。<br />　それなのに、長嶺と繋がりたい。その欲望でじくじくしている。下半身が、いやらしい液でぬるぬるに濡れている。<br />「最初は、脱がないでします？　帯を、とかないで」<br />　服を着たままするなんて、おかしなことだと思ったけれど、高めるためにふれられるにはあまりに感じすぎていて、うなずいた。膝をこすり合わせて、じれている。自分が、ひとつの性器になってしまったようだった。<br />「下着だけ、脱がせますから」<br />「ん」<br />　腰を浮かせて、長嶺の動きを助ける。その指先がふれるだけで息を止めてしまう。<br />　長嶺の右手が、腿の外側を撫でた。<br />　彼の温かな手が円を描くようにして高良の肌をすべっている。その手のひらの皺の線までわかって、それに呼応して自分の身体の一番中心がよがっている。それは性器でもなく、心臓でもなく、ましてや胃でも肺でもなく、だけどそれらを含んだもっと奥にある何かだった。<br />　……――ああ。<br />　わかった。答えを見つけた。ここにあるもの。<br />　それはきっと「魂」というものだ。そこが長嶺と結ばれたがってるのだ。<br />　長嶺は、足を開いてとは言わなかった。ただ、彼はじりじりと手のひらを、高良の内腿に向かって這わせてくる。高良の足の合わせ目の湿り気を感じたせいだろうか。ゴクリと長嶺の喉が鳴る。そして指先が、内腿に入り込んできた。<br />　高良は自分の熱に耐えきれず、合わせていた足を緩める。すかさず長嶺は手で高良の足をこじあけた。<br />　足指は丸くなってつまさきが敷布をたわめている。しどけなく着物の裾ははだけ、腿の上までをさらしていた。<br />「ふ、うう」<br />　高良は必死に布団を掴む。<br />　これ。俺、身をひねってよがってるんだ。長嶺の指で、ただそれだけで、よがりまくっているんだ。<br />　いや、違う。「それだけ」なんかじゃない。今までずっと連なってきたものがある。それは長嶺と最初に会ったときからずっと、この心の奥に、地中深くある川のように流れ続けてきた。それが自分を高めている。<br />　長嶺の想いを知ったときにあんなにも動揺したのはおそらく、それによって引き出される己の感情に気づいたからだ。自分が長嶺をこんなにも愛しく思っていて、深いところで繋ぎ合いたいと願っている事実を直視しなくてはならなかったことにだ。<br />　深く愛し合うことはとても恐い。それは本音で話すのに似ている。とても鋭く響くんだ。でも、長嶺にならいい。長嶺と結ばれるために差し出すのなら。<br />　心も、身体も、ぜんぶ、さらけだせる。<br />「柔らかい」<br />　長嶺がそう言って、足の付け根を撫でている手の指をほんのわずか、たぶん、数ミリにも満たないほど曲げた。皮膚にめり込む彼の指に、唇から喘ぎが火みたいに熱く漏れる。<br />　快楽が苦しい。それなのに、ずっとこうしていたい。彼の指に愛され、追い詰められたい。どこまでも。<br />　ああ。長嶺。<br />「好き。俺、長嶺のことが好きだ」<br />『好き』というこの単純きわまりない、たかだか二つの音からなる言葉を彼に伝えるために自分はこんなにも回り道をしなくてはならなかった。長嶺は、最初から、覚悟を決めてくれていたというのに。なんて自分は、だらしなくて弱いんだろう。<br />　長嶺は、ほんの少し離れることもいとわしいというように、右手を高良の肌に置いたまま、左手でローションのボトルを取ると口でキャップをあけて注ぐ。ローションがつつーと彼の手をすべって塗り込まれる。長嶺の指が、用心深く、慎重に、高良の受け入れ口にふれた。<br />　とろとろになっている身体は少しも拒むことなく、彼の指を飲み込んでいく。<br />　長嶺が内側から高良の身体をまさぐる。どうしようもないくらいにくすぐったい。笑ってしまう。多幸感で。<br />「長嶺」<br />　高良は彼に訴える。<br />「俺、おまえの指を、堪能してる。味わってる」<br />　ちゃぷちゃぷと音が立っている。これはローションの音なんだと、自分の出した液体ではないと知っているのに、愛液のように感じる。いや、ある意味、そうなのかもしれない。<br />　愛し合うために補う、淫靡な液体。<br />「先輩、柔らかい。とっても」<br />　そう長嶺が重ねて言う。柔らかいのは、身体だけではない。この心ももっとふれて欲しくて今まで纏っていた殻から出て彼を待っている。<br />　くちゅくちゅと音がしている。指が増えて長嶺が真剣な顔で挑んでいる。<br />「長嶺……」<br />　芯から乞う。<br />「俺とひとつになってくれよ」<br />「ずるいです。そんなに可愛いことを言うなんて」<br />　なんで。ひとりじゃだめなんだろ。それで。なんで、長嶺なんだろう。<br />「先輩？　何、笑ってるんですか」<br />「うん。だって……」<br />　自分への問いの無意味さに笑ってしまっただけなのだ。「なんで長嶺なんだろう」って。それって、どうして腹が減るのかなってぐらいに意味のない問いだ。ただわかる。本能が言ってる。長嶺のをここに挿れて、二人で混じり合うととっても気持ちがいいよって。出してもらうと満たされるって。<br />　長嶺の指がゆっくりと引き抜かれた。<br />「せ、んぱい……！」<br />「どうした？」<br />　長嶺の声が切羽詰まっている。布団に突っ伏している腕が、ぶるぶるしている。<br />「俺、もう、限界……っ！」<br />　高良は長嶺を引き寄せる。<br />　長嶺の身体の表面はしっとりと汗ばんでいて、それがどんな忍耐だったのか知る。<br />「挿れたい？」<br />「はい……！」<br />　つらそうに強くうなずく。<br />　そうなんだ。俺と。この俺と。溶け合いたいんだ。<br />「いいよ、ほら。来いよ」<br />　そう言ってやったのにこちらを最大限に慮（おもんぱか）って、性器の先端の丸い形が、優しく、自分の中に入ってくる。<br />「ん、ん……！」<br />「先輩の声、えろい」<br />　それはそうだろう。おまえを求めているんだから。ほかの誰でもない、おまえのことを欲しがってここにいるんだから。<br />　中に入ってきた長嶺が暴れ始める。二人して布団の海に溺れるみたいになる。出して出して。出さないで。このままここに溺れさせて。必死に、すがるみたいに、長嶺の背を抱く。浴衣の背は心許なく、すべって落ちて、なおも抱き直し掴み直す。<br />　死にそう。これを、彼を抱くこの手を離したら、溺れて死んじゃいそう。<br />「先輩、先輩……」<br />　譫言（うわごと）のように長嶺がひたすらに自分を呼ぶ。<br />「違う。そうじゃないだろ」<br />　その名前じゃない。このときばかりは。<br />「高良……！」<br />　そう、それだ。<br />　繋がるときの呼び方だ。ああ、と高良の唇から声が漏れる。<br />　身体の中心を稲妻が貫くみたいに快楽が太く一直線に走った。<br />　互いの身体は貪欲で、絶頂が長い。身を震わせながら最後の最後まで、全部を長嶺にあげて。すべてを彼からもらう。<br />　そののち身体は弛緩した。<br />　ふうと熱い息を吐く。それからそうっと、絡んだ細い糸をほどくみたいに慎重に身体を離した。<br />　幼虫がちょうちょになるときには一度溶けてしまうというけれど、今の自分もそんな感じだ。長嶺の「恋人」になるために溶かされてもう一回作り直されたような。<br />　ようやく、人心地ついてきた。そうなると、互いを隔てるものが気になる。<br />「これ、邪魔」<br />　高良がそう言って、帯一本で絡まっている自分の浴衣を脱ぎにかかると、長嶺も同意した。<br />「そうですね」<br />　彼はあぐらをかいて帯をほどきにかかっている。<br />　高良は布を脱ぎ捨てると、座っている長嶺の太ももに尻をのせて抱きつく。<br />「長嶺。もっとー」<br />　甘え声を出せば、長嶺が微笑んで高良の顔を見上げてくる。<br />「ようやく先輩らしくなってきましたね」<br />「うん」<br />　高良は長嶺の頬を両側から挟んで、口づけながら舌先で彼の口腔内をさぐる。長嶺の手が高良の背中を抱き、それから次には腰を抱いた。再会した日に玄関先で腰を抱かれ、怯えたことを思い出した。そのときと今との差に思いをはせて、ひどくこそばゆい心地になる。<br />　また再び、今度は互いを確かめるために抱（いだ）き合う。<br /><br /><br /><br />　バシャバシャとじゃれるみたいにシャワーを浴びた。それから、まだきれいなほうの布団に、二人してぎゅうぎゅうに入って足を絡ませ合う。<br />　仲良しのいちゃいちゃのキス。<br />　長嶺はぼうっとした顔をしている。枕の上でこちらを見て「ああ、ほんとに先輩だあ」と独り言みたいにつぶやいている。<br />「俺以外のなんなんだよ」<br />　そう言って高良はうりうりと長嶺の頬に自分の頬をすりつける。<br />「なんだか、夢みたいで。まださめてないみたいで」<br />　長嶺がそう言うので、身を離した高良は手を伸ばして、その頬をつねる。<br />「痛いです、先輩」<br />　寝っ転がったまま、両肘を突き、顎をのせた高良は長嶺の目を見ながら言う。<br />「現実もいいもんだろ。しんどいことがたくさんあるけどさ。たまには夢よりすごいことがある」<br />　高良は舌なめずりをした。<br />「俺もさー、長嶺があんなふうに俺のこと抱くなんて夢にも思ってなかったもんな」<br />　それから、と彼に笑いかける。<br />「自分がこんなにおまえを欲しがる身体になることもさ。想像越えちゃってる」<br />　責任とれよな、と、高良が茶化したように言うと、長嶺はやけに真剣な顔で、もちろんです、むしろとらせてくださいと言うので、じゃあとらせてやるよと答えながら、繋いで欲しくて布団の中で彼の手をさぐる。<br /><br /><br />

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            <category>囚愛契約-番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/115276965.html</link>
      <title>「月の人」おまけペーパー</title>
      <pubDate>Tue, 17 Mar 2015 18:10:45 +0900</pubDate>
      <description>J.GARDEN38で出した「月の人」おまけペーパーです。靖之×安藤。BLかつR18です。ご注意下さい。</description>
            <content:encoded><![CDATA[
J.GARDEN38で出した「月の人」おまけペーパーです。靖之×安藤。<br />BLかつR18です。ご注意下さい。<br /><br /><a name="more"></a><br />　安藤はその日、エイプリルラビットにラフなシャツを着てきた。しかも、きちんとアンダーシャツをつけて、だ。定光が彼をじろじろ見ている。あまりに見過ぎて靖之にらまれて首をすくめるほどだった。<br />「安藤さん」<br />　たぶん、客の何人かは気がついているだろうが、靖之は店ではできるだけマスターと客という立場を崩さないようにしている。薄い水割りを飲みながらうまそうに、ささみ肉と野菜の梅肉あえををつまんでいた安藤が「え」というように靖之を見た。<br />「いつもの服と違います」<br />「あ、ああ」<br />　彼は気まずそうに笑う。<br />「まあ、気分が変わっていいかなって」<br />　皿を拭いていた靖之の手が止まった。<br />　ごまかした。今、彼は嘘をついた。靖之は人を観察することに長けている。これまで安藤が嘘をついたのは人をかばったり助けたりするときばかりで、これはとても珍しいことだった。<br />「そうですか」<br />　だいたい安藤は、靖之がどんなに懇願してもあのぴちぴちのポロシャツを愛用してはばからなかったのだ。そう、あの乳首の形が丸見えの、卑猥なシャツ。<br />　――それ着るのやめてください。あんたのやっていることはちんこの形がわかるぴちぴちのパンツで道を歩いているのと同じです。<br />　そう靖之が言っても、安藤はきょとんとしていた。<br />　――いや、ぜんぜん違うだろ。普通の人だってポロシャツぐらい着るし。たまに来る古田さんだって。<br />　古田というのはエイプリルラビットの常連だ。確かに古田のポロシャツはぴちぴちだ。安藤よりぴちぴちかもしれない。だが、古田は六十を過ぎて腹がふれれば波打つのではないと思うほど恰幅がよい。いまさら乳首がどうこうのという体型ではない。<br />　――あんたのその乳首を見てむらむらくるやつがいるかもしれない。<br />　安藤は驚いたように返してきた。<br />　――いるわけないだろ。<br />　いるだろう、ここに。<br />　この男はバカなのか。自分に乳を吸われながら押し倒されたことを忘れたのか。<br />　安藤は優しい。弱っている者には手をさしのべずにはいられない性分だ。むらっと来た相手が乳を吸わせてくれと頼んできたら「それくらいなら」と言いかねないことを靖之は憂いていた。自分だってそうしたくせに、勝手なのはわかっている。<br />　けれど今まであんなに脱がなかったポロシャツを脱いだのはどういう風の吹きまわしなのか。<br />　あとでたっぷり聞いてやろう。<br />　身体に。<br /><br />「あ、あ。やだ。やだ。あ、やあ……！」<br />　安藤は虚しく腰を振り立てている。彼はベッドでうつぶせて、片手で身体を支え、もう片方の手は靖之に背後から握られている。<br />「安藤さんのここ、すごいね。欲しがってひくひくしてる」<br />「なん……や、すゆき！」<br />「もうすっかり性器だよね。俺のためにある」<br />　そう言いながら靖之は自分のペニスを彼の後ろ孔にあてる。安藤は腰を動かし、飲み込もうとするが、靖之はつるりと上に滑らせてしまう。せめて下に、安藤の睾丸にあててやれば彼の身体は喜ぶだろう。自分だってそうしたい。できればその欲張りな後ろ孔に自分のいきり立ったペニスを入れて蹂躙したい。<br />「ここだって俺のものだ」<br />　そう言いながら靖之は安藤の背に密着して手を前に回し、彼の乳首をつまみ上げた。<br />「い、いた……！」<br />　それから、そっと撫でてやる。可愛がって、指で舐めるみたいにしてあげる。汗でぬめっている乳首が靖之の指先で形を変えていく。<br />「おまえが、そうやっていじるから……」<br />　安藤が苦しげに腰をうねらせながら訴える。<br />「乳首が、すれて痛いんだ。それになんだか」<br />「なんだか？」<br />「おっきく、なってきた気がして」<br />　自分の中の、今まであったなんて知らなかったところを、この男は刺激する。その場所は、この男にだけ反応する。<br />「見せて」<br />「あ、や」<br />　筋肉質なその身体を仰向かせる。<br />　ぷっつりと立ち上がった褐色の乳首は汗にしとど濡れててらてらと光っている。いやらしい。<br />「しゃぶらせて」<br />　そう言うと安藤は、胸を突きだしねだってくる。舌で舐めると汗の味がする。<br />　もう我慢することができなかった。<br />　この男の中に、狂いそうに焦がれている自分のペニスを突き入れる。<br />　同時に二カ所を責め立てられた安藤はあっという間に無我の境地に昇りつめてしまう。<br />「靖之、靖之……！」<br /><br /><br />※冬コミペーパーも微おっぱいで本編は超おっぱいで重なったので、いっそ全部をおっぱいにしてみました。

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            <category>月の人</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/114948413.html</link>
      <title>「うなじまで、７秒」冬コミペーパー</title>
      <pubDate>Wed, 11 Mar 2015 07:10:29 +0900</pubDate>
      <description>こちらは冬コミのペーパーになります。冬コミから春ガーデンまではtiti祭りだったらしく。ふう。------------------------------------------------------</description>
            <content:encoded><![CDATA[
こちらは冬コミのペーパーになります。<br />冬コミから春ガーデンまではtiti祭りだったらしく。ふう。<br />------------------------------------------------------<br /><br /><a name="more"></a>　成田国際空港。佐々木伊織は到着ロビーで、貴船の乗ったドイツからの便が十五分早く着いたことを確認する。今日、貴船は海外出張から帰国する。迎えに来るとは伝えていない。さぞかし驚くことだろう。きっと、もうすぐ出てくる。彼に会える。思うだけで知らずに微笑んでしまう。<br />「あ……」<br />　貴船がいた。彼は目立つ。シャンパンカラーの髪と際立つ美貌。スーツをかっちりと着こなしている。<br />　伊織は今まで、貴船のことを完全に白人系の顔だと思っていたが、こうしておおぜいの外国人の間にいるとそれとも少し違うのだと感じる。<br />　彼の半分を占める日本人の血がごくわずかに滲み出ていて、親しみやすさとエキゾチックさを同時に体現している。<br />　人混みをするりとかわして、貴船がロビーに出てきた。<br />　自分の視力がいいことを伊織は感謝したくなる。「俺の貴船」はなんて見目麗しいのだろう。たっぷりと見とれることができる。<br />　動作から、彼が携帯の電源を入れたのがわかった。慌ててここにいることを電話しようとしたのだが、彼が自分を見ている気がして手を止める。<br />　いや。よもや、わかるまい。自分は黒い髪に黒い目。つまりはごく一般的な日本人の風貌をしている。さして体格がいいわけでもない。前に陣取っている恰幅のいい紳士の陰にほとんど隠れてしまっている。だが、貴船は、スーツケースを引いたまま、まっすぐに伊織を目指してくる。その目が見つめているのが、自分以外だなどとはもはや信じられない確かさで。<br />「ああ、伊織さん」<br />「……貴船」<br />「迎えに来てくれたんですね」<br />　彼はまだ少し、日本語が発音しづらそうだった。それが拙くてとてもかわいらしい。<br />「びっくりしました」<br />　驚いたのはこちらのほうだ。<br />「よく俺がわかったな」<br />　心底感心して言うと、彼は言った。<br />「あなたは、とても目立つので」<br />「は？」<br />　そんなことはないだろう。貴船に比べれば人混みにまぎれていたはずだ。<br />「本当ですよ。僕に会える嬉しさで輝いているあなたを見つけることは、いともたやすいことでした」<br />　身悶えたい衝動を伊織はこらえた。<br />「え、どうしたの、伊織さん？　頭でも痛いの？」<br />　心配そうな貴船の声。<br />　伊織は必死におのれを取り戻そうとする。久々に会って話をして、頭のねじが吹き飛びそうになっているが。しっかりしろ、俺。いつもの貴船じゃないか。<br />「しばらくぶりなので……おまえの言葉に戸惑っているんだ」<br />　伊織が訴えると、彼は笑った。<br />「じゃあ、また早く慣れてくださいね。僕に」<br />「ああ」<br />　手を差し出す。<br />「スーツケースは俺が引こう」<br />「いいですよ。そんなに重くない」<br />「長旅で疲れているだろう。よこせ」<br />　飛行機には慣れていますから、と、貴船は遠慮したけれど、結局伊織が粘り勝ってスーツケースを引いた。大丈夫なのにと貴船は言っていたけれど、やはり疲れていたのだろう。並んで席を取った列車が走り出すしてしばらくすると、こちらに寄りかかって眠り始めた。<br />　そのぬくみが心地よくくすぐったい。<br />　隣を見ると彼の唇がほんの少し、ひどく無防備に開いていた。不意に伊織は、自分のシャツの前をはだけて彼の唇の隙間に乳首を押し込み吸い付かせたいという衝動に駆られる。<br />　が、すぐにその欲望を打ち消して伊織は一人で赤面した。これは貴船には絶対に言えないな、と内心で呟く。<br />　貴船が家に来たら、キスをしよう。お帰りなさいと抱きしめてやり、風呂に入れてごはんにする。そしてベッドで思い切り甘やかしてやりたい。<br />　くん、と、彼の匂いをかいで、それが自分の元に再びきちんと帰ってきたことを、誰にともなく伊織は感謝した。<br /><br /><br /><br /><br />------------------------------------------------------<br />　…………そんなことを言っても伊織は貴船に「おっぱいあげたい妄想」を聞き出されてしまうと思います。<br />

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            <category>うなじまで、７秒-番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
          </item>
        <item>
      <link>http://edamame-novel.sblo.jp/article/105607435.html</link>
      <title>「うなじまで、７秒」一周年記念ＳＳ</title>
      <pubDate>Sat, 15 Nov 2014 04:20:54 +0900</pubDate>
      <description>「うなじまで、７秒」、ちょうど去年の今日の発売でした。感謝を込めて（きふささです）。------------------------------------------------------</description>
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「うなじまで、７秒」、ちょうど去年の今日の発売でした。<br />感謝を込めて（きふささです）。<br />------------------------------------------------------<br /><br /><br /><a name="more"></a>　寒い日に温かいものをもらうと、優しくされている気持ちになる。<br /><br />　もうコートがないと一日だって過ごせないという寒い日。<br />　わざとではないが、部下の岡田が計算ミスをした。<br />　そのまま提出してしまうことはすんでのところで免れたのだけれど、数十枚の予算計画書をもう一度、機械任せではなく電卓で計算をし直すというのは、伊織たちの班にとってなかなかに骨の折れる作業だった。<br />　どういさめたらいいのかわからず、しおれた部下を前にため息をついていたら、ますます、床に頭をつけんばかりに萎縮されて、そうじゃないのだけれどと、困惑する。<br />　そうしたら、清水が「主任は甘すぎます。もう、岡田くん。今度やったら許さないからね！　お詫びとして、全員にコーヒーをいれてきて」、そう言うと、岡田はぱっと顔を上げて「はい！」とひとこと、走り出していった。<br />　そうして岡田がいれてきた、湯気の出ているコーヒーを飲んでいると、凝りかたまっていたものがほぐれていく気がする。<br />「うん、おいしい。まあ、今回は許してあげる」<br />　清水の言葉に、岡田が安堵しているのを見て伊織自身も胸を撫で下ろす。そして、何かをしてしまって罰せられたい人間をそのままにするのは、かえって酷なことを知る。<br /><br />　そんな日。<br /><br />　帰り着いた自室のマンションのドアをあけると、部屋は暖められていた。貴船が「お帰りなさい」と出迎えてくれる。キスを交わす。彼と出会うまで、キスにこんなに種類があるなんて知らなかった。これは親愛のキス。ふれるかふれないかの「会えて嬉しい」ことを表す、唇の交歓。<br />「今日はクリームシチューにしてみました」<br />「それはいいな。外は寒いから」<br />「そうだと思って」<br />　少し誇らしげになる彼が愛しい。<br />　テーブルについて、とろりとした、じゃがいもと、にんじんと、たまねぎと、そして鶏団子が入ったシチューを口にすると、とても優しくされ、だいじにされている気持ちになった。<br />　伊織は自分のことをとても理性的な人間だと思っていた。あまり感情の起伏はないほうだと思っていたし、周囲にも落ち着いているとよく言われた。しかし、貴船といると自分がとても動物的だと感じる。動物的、は語弊があるかもしれない。官能的、といったほうがより正確だ。<br />　ベッドにいるときだけがセックスではないことを、伊織は感じている。<br />　貴船が、微笑んでいること、彼が伊織の名前をていねいに発音すること、それがすでに身体の芯を震わせるほどの悦楽なのだ。<br />　そしてすっかり暖まったあとに、顎先に彼の指を感じ、先ほどとは違う、奥まった場所を探り合う口づけを交わし始めると彼の味が、自分の性的な飢えを加速させていく。伊織の嗅覚が、貴船の香水に混じる彼の欲望の匂いを敏感にかぎ取り、全身がそれをよこせと訴え始める。<br />　大丈夫、すぐにもらえるから。<br />　貴船の首筋にかじりつくと、耳の下に唇をつけられ、切ないあえぎが漏れた。<br />　五感さえ超えたところまでも、際限なく彼と混じり合いたいという欲求。それがどこから来るのか、伊織にはわからない。<br />「き、ふね」<br />　拙く彼を呼びながら、彼はどう考えているのか。何を感じているのか、はかろうとする。<br />　自分よりもよほど手慣れているはずなのに、この身体を抱きしめている彼はきまじめと言っていいくらい真剣な顔をしていて、それを見るとただひたすら、その愛撫に応えたいと願ってしまう。<br />「毛布に、もぐる？」<br />　彼が聞いてくる。<br />「暖かくしてあげる」<br /><br />　寒い日に、暖めてくれるのは、とても愛されている心地がする。<br /><br /><br />

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            <category>うなじまで、７秒-番外編</category>
      <author>ナツ之えだまめ</author>
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